中編・短編
□鳴かぬ蛍が身を焦がす
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「綺麗なおねーさん、ちょっとわたしとお茶しませんか!」
炎天下にコンクリートジャングルなんて歩くものじゃない。思わず舌打ちが出そうなくらい暑さに苛立っていたから、不審な女の子のナンパにも応じたのだと思う。
「パフェが食べたいけど全部入る気がしないー」
「あら、食べきれない分は残したって良いのよ」
「ううーん、流石にかつて暴君と呼ばれたわたしでも甘いものを残すのは何かとてつもない罪悪感と戦う気がする……」
ぶつぶつと小さな体に見合わない語彙を呟きながらデザートメニューとにらめっこしている彼女は、保護者が手を離せない状況に陥ってしまったがために涼しいところで休憩がてら時間を潰しに来たのだという。一人だと思われると色々いらない問題を引き寄せるかもしれないから付き合って欲しいと、まるっと小声で本音を吐露した彼女は確かに可愛らしい顔立ちをしているし、両親と連れ立ってきたわけではないことからも複雑な背景が覗ける気がして早々に詮索するのをやめた。ただでさえヒートアップしかけていた脳内に余計な負担をかけるのを避けた、とも言えるかしら。
「……まあアイスクリーム程度なら手伝ってあげてもいいけれど」
「ほんと?じゃあ黒ゴマアイスの和風パフェにするー!」
嬉々として店員を呼びちゃっかり二つスプーンを頼む少女は無邪気で、天真爛漫を絵に描いた様子だ。自分の周りにはまずいないタイプの人間に軽く観察をしてみるけれど、多分こういう子どもは一面だけを知ったところで簡単に写し取れるような内面はしていない。己の可愛さをきちんと分かっていそうな辺りは、有希子に似てるかしら、と思ったのだけど。
「お姉さんは小さい頃の夢って覚えてる?」
「なあに、突然」
「この間、夢はでっかく世界征服!って言ったら友達に凄く呆れた目で見られて、現実的な計画すら聞かずにそんな目をわたしに向けるとは嘆かわしい、って思ったから、もっと端的に夢を表せた方がいいのかなあーってミジンコレベルで悩んでる最中なの」
「それ殆ど考えてないわよね」
「えっへへ!」
晴れやかに笑う子どもはきっと言葉遊びが好きなのだろう。知能は高くともこちらを崩そうとするような狡猾さは見えないし、ドリンクが無くなるまでの間なら話に付き合う気になった。
「もっと外見にふさわしい夢を持てっていう忠告だったんじゃないの?花屋とかパティシエとか、女の子が憧れるって言ったらそのあたりでしょ」
「女優さんとか?」
「……まあそうね。オススメはしないけど」
素早いレスポンスに、もしやこの少女は最初から私の顔を知っていて声をかけたのかと勘繰ったけれど、特に話題を掘り下げようとしないで流されたのでそれ以上私も余計なことを言うのは控えた。
「昔はさあ、これでもね、幸せなお嫁さんになりたい!って、可愛らしーい夢があったんだよー」
スプーンはきちんと二つ届いたというのに、少女は掬ったアイスをこちらに差し出すものだから仕方なく口を開いた。甘い氷菓子は、暑さの分だけ美味しい気がして、夏場のキスは冷たい方が幸せかしらと取り留めのない思考にまで飛び掛けて、現実へと戻って来る。
「その年で既に結婚に幻滅しているの?」
「うーうん。大好きな人と共に在れるのはこれ以上ないほど幸せだと、今でも思っているよ。それでも、そんな願いも夢も知らないと、悪意を持った人間に壊されてしまったり、亡くなってしまうのが、たまらなく嫌なだけ」
少しだけその大きな瞳に陰を灯した少女は、薄く笑う。初めに推察した複雑な彼女の背景事情が、膨れ上がって周りの日差しすべてを飲み込んでしまうのではないかと錯覚するほど、その闇は深く暗かった。
「だから世界征服。トマス・モアのユートピアほどあからさまじゃなくて、全く気付かれないレベルの管理型社会。そんな夢想をね、してしまうんだよ。私に呆れた目を向けた彼は、そんなことを聞いたら悲痛に顔を歪めるだろうから、絶対に言えないけど」
妖艶に笑った少女は、それで仕舞いとばかりにふっと雰囲気を和らげると、後はもうパフェに夢中な可愛らしい女の子しか残らなかった。飲まれかけた私は彼女の中身が何者なのか気になって、でも恐ろしくも思えて息を潜めるしかなかったけれど、そんな私の様子にも構わず少女はカップの中身を空にする。もう一度あの眸を向けられたなら、今度こそ引き摺り込まれてしまうかもしれない。警告めいた危惧があるのに私は目を反らせない。
「あ、」
──けれど彼女は私に視線を向けることなく、窓硝子の先の光景に顔全体を柔らかく染めた。まるで凍土の中を生きてきたものに、きつ過ぎない春の太陽が優しく衣をかけたような、出来過ぎた芸術の如き変化だった。
「お迎えが来たから、わたしは行くね。雑談に付き合ってくれてありがとう」
レシートを抜いて立ちあがった少女は、初めの印象そのままに天真爛漫な笑顔で駆け抜けて行った。小さな女の子に支払をさせてしまったということに気がつかないほど、鮮やかで素早い別れだった。存在を忘れかけていたアイスティーを口に含みながら外へと視線をやれば、先程まで目の前に座っていた少女が、この暑い中全身で年若い女性に甘えている姿が見えた。暫く眺めていれば、十分に抱き合った彼女たちが離れて手を繋ぐ。歩き出すほんの一瞬、視線に気付いたように振り返った少女が私を見て悪戯に笑う。そんな彼女と共にいた女性もこちらを向いて、いくつか少女に声をかけた後で柔らかく笑って会釈をされた。灼熱の太陽に切り取られたような二人は、繋いだ手を揺らしながら家へと帰るのだろう。
恋に焦がれて鳴く蝉よりも、
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愛莉さんへ、ツイッターでもお世話になっております!
大層お待たせしたリクエストですが、ベルモット姉さんが今年の映画で御尊顔を隠しもせずファミレスにいらっしゃったのでひだまり友ちゃんにカフェまでナンパしてもらうことにいたしました。変装コンビ的な意味でAlways三郎と迷ったのですけど、私やっぱり組織面子と幼女の組み合わせが好きすぎてデッドブルーに出演いただきました。笑
マギのお話、特に十二国記との混合の方は、いい加減終わらせないとなあと思いつつ新しい話を書いてしまう堪え性の無い管理人です……。
波のあるサイトに管理人ですが、これからも欲張って自分の好きなお話を長編、中編、短編、IFと書いて行きたいです!
優しく温かいお言葉ありがとうございました。これからもサイトともども仲良くしてやってくださいませ^^
湊