中編・短編


□監督生はどうせなら本丸に帰りたい
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 人生を変えたことを運命と呼ぶのなら、運命の出逢いからもう五年もの歳月が流れていた。
 大学生時代も、社会人時代も、何者にもなれなかった時代も、私はずっと審神者だった。
 嬉しい日も、哀しい日も、辛くてどうしようもない日も、いつだって本丸は私を迎えてくれた。
 話題性で始めて、初期刀を選んで、チュートリアルでびびって、初めて鍛刀して。
 回想を集めて、マップを拡大して、レベリングして、遠征して、演練して、内番して、周回して、地下を掘って、鍵やら何やらを集めた。
 本業が審神者だった。現世のお仕事は副業だと思ってこなしていた。
 何かの間違いで時の政府からお給料が支払われなくて、刀剣男士の為に副業をしている設定()だった。
 司書を齧ろうが、独神を兼任しようが、他ジャンルに浮気しようが。
 あくまで!!!!本命は!!!!刀たちだったのに!!!!!!!!

「ツイ、ステッド、ワンダーランド……」

 この間遂にお給料を注ぎ込んで指輪を買ってしまった、最推しと呼ぶべき彼と同じ声が聞けるしな!とインストールしてしまった某アプリ。タイトルとその世界の名前が一緒で、学校名は違うわ寮の数が多いわでハリポタの四寮に慣れ親しんだ身としては「おおう……」と声が出た。タイトルコールのログインボイスで個性が出るとかそういうの審神者大好きです。ブツブツと呟きながら頭を抱えた日がもはや懐かしい。現実逃避乙。
 メタいことを言うが、棺桶で目覚めてからプロローグが終わるまで自分の持ち物すら検める余裕が無かったんです。成人済だった筈なのにあれれ〜〜おかしいぞ〜〜というツッコミはワンダーランドの一言で片付けて、生徒の身分を手に入れてからようやく落ち着いた精神で荷物整理をしていたところで見つけた。見つけてしまった。

「ペーパーナイフ近侍……!!!!」

 可能な限りずっとオフトゥンと仲良くしていたい私にとって、現世での職務はなかなかに辛かった。故に私氏、依り代扱いでペーパーナイフの推しを持ち歩いていてだな。日によって交互に近侍してもらってたのに、入れ物としていたかんざし用の包みを開くとちゃんと二人いた。泣いた。
 トリップ願望が無かったとは言わない。もうおしごとしたくないよおふええんと鬱った日々は数知れず。理不尽な指示に憤っては心の長谷部が刃を抜いた。暗い夜道は心配性な堀川がきっと前後左右上下を警戒してた。審神者の日常には、いつだって刀剣男士が傍にいた。デデニー監修のワンダーランドにまでついてきてくれているとは思わなかった。愛。
 勿論次の日から肌身離さず持ち歩いた。湯浴みするときすら着替えの傍に待機してもらった。心の支えだった。怖すぎる時、ポケットのそれを上から撫でるほどに。リドル寮長のオーバーブロッド時も例外でなく、状況を見逃さないよう凝視しつつも、内心ではひいんと戦慄きながら精神安定剤に手を伸ばして、一秒。薄く色付く日本の桜が、湖面を波打つようにふわりと舞った。

「えっ……」

 頭一つ分は低い身長なのに、頼もしい背中が彼自身を構えながら私の前へと躍り出る。振り向きもしない少年が、声音から笑っているのが分かった。だって私は、貴方の主だから。うそ。何度もこの耳で聞いてたから。

「しゃんと背筋伸ばせよ、大将!」
「あ゛い゛」

 これ、夢、かなあ?
 わたし、白昼夢、みてる?
 めちゃくちゃ視界は滲むけど、言われた通り背筋は伸ばした。魔法の余波は彼の本体が弾いてくれて、戦況を見つめるのも苦ではなくなっていた。安心感が段違いだった。そろそろ決着がつきそうだな、と思った時、初めて彼は振り向いた。ずっと見つめていた顔だった。滑らかに動く表情は、私だけに向けられる言葉は、見たことのないもののはずだった。でも、心が叫んでいた。ちからいっぱい。妄想補完で知っている。

「わりいな、大将。顕現時間、まだあんまり長く保てないみたいだ。夜になったらもう片方を呼んでくれ。色々話せると思う。俺も声だけは聴いてるから」
「うん……」
「そんな顔すんな! 明日になったら多分また会えるから!」

 ニカッと笑った厚くんは、そのまま空気に溶けるように消えてしまった。去り際まで爽やか。さすが。寂しさと切なさにしょんもりしてしまったけれど、とりあえず夜を楽しみにすることにして、オバブロが解けたリドル寮長達のところへ駆け寄った。ちょっとどころじゃなく私は夢心地だったけど、みんな疲れていて多分気付かなかっただろう。
 監督生として輪に加わって、一件落着ムードになりオンボロ寮に戻って、疲れたグリムがツナ缶を執念で食べ切ってから寝落ちたのを寝室に運んで、そわそわしながら夜を待つ。課題の見直しを二周ほどして、外が暗いからもう夜かな、いいかな、と落ち着かない気持ちで彼に触れる。談話室はシンとしたまま何も起こらなくて混乱しかけたけど、そういえば厚くんは「呼んで」って言ってた気がする。
 言葉にできない色んな気持ちで胸は苦しかったし、頭はごちゃごちゃしてて、緊張と不安と期待で声が震えそうだった。でも喉に手を当てるようにそんな自分を叱責して、深呼吸を繰り返してから口を開いた。あなたを呼ぶ私の声が、少しでも綺麗なものであるように。

「──薬研藤四郎」

 室内なのに風が舞い込んで、温かい桜吹雪に包まれる。彼に触れていた指先は、そのまま黒い手袋に包まれた掌に取られていた。悪戯に笑った藤色の瞳が伏せられて、薄い唇がそっと手の甲に落とされる。じわじわと赤くなる頬を隠したいのに、身体は硬直したように動かなかった。目がそらせない私に、薬研は言う。万感の想いが籠っていた。だって、聞いた途端に涙が溢れて止まらなかった。

「やっと逢えたな」

 声も出せずに泣く私を止めるでもなく、薬研は零れるみたいに静かに笑って寄り添ってくれた。いっぱいいっぱいで言の葉を一つも紡げないでいるのに、知りたいことが分かってるみたいにぽつりぽつりと教えてくれる。五年間、ずっと見ていてくれたこと。依り代が出来てからは、より見守りやすくなったこと。突然感覚が曖昧になって、暫く私の様子が見られなかったこと。依り代で力を蓄えて、周りを見渡せるようになって、状況を理解したこと。勿論現世の様子を知ってたからこのゲームの存在も知っていて、この世界に来てしまったことを知った時、なぜ!!!!本丸で!!!!!!なかったのか!!!!!!!の大合唱が向こうで起こったこと。

「っふ、ふふ……私とおなじこと、いってる」
「そりゃ、あんたの刀だからな」
「そうだね、」

 渇いた身体に染み入るように、幸せが足の先まで伝わった。皆が叫ぶ光景が、鮮明に浮かんだ。ずっとずっとそうしていたように。嗚呼、わたしの、かたなたち。だれでもない、わたしだけの。

「もうちょっとこっちに馴染めば、今より長く顕現できると思う。出来ること増やして、何が何でも守ってやるから、心配すんなよ」
「してないよ」

 本心だった。あんなにあった不安が一つもなくて、笑いだしそうだった。心強すぎるこの無敵感が逆にまずい気がするほど。だって、応えの見えなかった愛が、この手の中に、温もりとして確かにあった。

「薬研」
「ん?」
「だいすき」

 恋のときめきをとっくに通り越していた愛に、繋がっていた掌が持ち上がる。意図的に触れられた二度目の唇は、薬指の付け根に向かって弧を描く。

「──知ってる」

 ニッと笑いながら消えた彼が最後にくれた言葉は、私だけの特別な音色で彩られた、風邪ひくなよ、であった。






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twst要素が世界観しかお借りしてないレベルの刀剣クロス夢でした。小ネタ遊びまくった。
☆SSRカリム来ません──!

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