多重トリップ過去編


□状態異常“こんらん”
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「蛍さま、素晴らしい、完璧です! 流石大賢者さまに並び称される御方!」

眞魔国美形オンパレードの筆頭に上げられるであろうギュンターからの讃辞は、それはもう凄かった。眩しいもの慣れしていない私にはキラキラ輝かしすぎて直視できなかったくらいである。

「凄いな日比野さん……俺まだちゃんと読めないし書けないのに」

ギュンターを挟んで隣にいる渋谷くんは、陶酔しているギュンターは無視して苦笑しながらも真っ直ぐな言葉をくれる。私の好きな裏のない彼の言葉だ。

「渋谷くんお仕事忙しいんでしょう?私暇人だったから……それに多分、眞魔国語がドイツ語に近いからだと思う」
「なんでドイツ語?」
「私の父は医師なんだけど、医療用語にドイツ語って結構多いから」
「俺はドイツ語も分からないけど!」

やっぱり凄い!と苦笑する渋谷くんにつられて、笑ってしまう。他意のない讃辞は嬉しいばかりで、私は彼に出会ってから厭な気持ちになったことがないと思う。

「では蛍さま、折角ですので城下にでも降りてみましょうか」
「え?」

渋谷くんとほのぼのしていたので、自分の世界から帰ってきたギュンターが何を言ったのか一瞬分からなくなった。言語習得に教育係のお墨付きが貰えたら、とりあえずまず眞王に会わなければと思っていただけに、尚更。

「グウェンダルが心配していましたよ、根を詰めてばかりではいけないと。蛍さまは城下に出たこともありませんでしたから」
「うーん……でも、良いんですか?」
「勿論変装はしていただきますが、当たり前ですよ。是非行きましょう」

にこにこするギュンターに、心が温かくなる。知識を詰め込むのも楽しかったけれど、自分の目で眞魔国を見たいとも思っていたから。

「いいなー、俺も行きたい! なあコンラッド!」
「……仕方ありませんね、今日だけですよ?」

あれよあれよと言う間に渋谷くん+コンラートの参加が決まり、そうなればヴォルフラムがついてくるのも必然なわけで、なんとも大所帯になったものである。

「渋谷くんはよく城下に行くの?」
「いや、全然行かせて貰えない。だから久々だー」

あちらこちらに目移りする渋谷くんの言葉は本物なんだろう、コンラートもヴォルフラムもギュンターも微笑ましい目で見ているのがなんだか面白くて笑ってしまった。

「どこ見たい、とかある?」
「初めてだもの、何があるかも分からないわ」

ワクワクしている渋谷くんを見ているだけで十分だけど、とは言わずにくすりと笑ってみせる。「あ、そうだよね!」と笑う渋谷くんに、ヴォルフラムが「へなちょこ」ってぼそりと。大所帯だけど、やっぱりその分楽しさは何倍にもなるみたいだ。

「活気があって良いところだね」
「だろ!」

人々の笑顔が溢れる城下は、渋谷くんやグウェンダル、ギュンター達のおかげで成り立っているんだろうなあ、と思ってそれだけで素敵だと思えた。暫く色んなところを面白おかしく案内してもらいながらぶらぶらしていたのだが、ふと路地裏に目を留めると、城下の和やかな雰囲気に似つかわしくない、何やら怪しげな雰囲気の集団がこそこそと密談を交わしていた。首を傾げながらも意識を外さないでいると、コンラートとギュンターが素早く目配せする。

「ヴォルフラム、ちょっと頼む」
「人目の多いところに居て下さいね」

神妙に頷くヴォルフラムは、事態を把握したらしい。一人理解していない様子だった渋谷くんも、何かが起きそうだというのは分かるようでじっとしている。かつての師弟が歩を進めていった時、此方の動作に気付いてか後ろに居たのだろう見張りが動くのが分かった。彼は何やらヤバい気配を感じとったのか、人質を取るためおばあさんに目を向けている。ヴォルフラムは渋谷くんを守らないといけないから動く訳にはいかないし、コンラートとギュンターは人数的に目の前の男たちで手一杯だろう。かと言って見捨てられるはずもなく。一瞬の後に素早くおばあさんの前に立ち、振り上げられた棒を持つ腕ごと掴んで男の力を利用し肩から落とす。気を込めたので意識を失ったらしい彼から棒を拝借し、そのままもう一人居た見張りの男に小手で武器を落とさせた後、胴で一撃をいれさせて貰う。ふう、と息を吐くと路地裏で男たちを縛り上げていた二人が此方を向いて唖然とする。ちなみに後ろの少年二人も口を開けて呆けていた。なので私は苦笑を返した。──苦笑を返すしか、出来なかった。



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