多重トリップ過去編
□≪凶獣(チーター)≫の弟子
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その後到着した育て屋の老夫婦は本当に良い人たちで、快く記憶喪失扱いな私を置いてくれることになった。マサキさんも自分のことのように喜んでくれて、また会いに来るわ!とまで約束してくれた。ポケモンのことはよく分からなかったけど、一生懸命勉強したり育て屋に預けられている子たちの世話をしている内に、愛着のようなものも湧いてきた。というより、元々可愛いものとか好きなので問題はなかったのである。ただファーストインパクトが大変だっただけで。あれ、ギャラドスっていうポケモンなんだけど、コイキングの進化系なんだよ。信じられる?あんな無害そうなポカンとした顔のコイキングがなんでLv.20になった途端にあんな凶悪顔のギャラドスになれるのか不思議で堪らない。約6.5倍に成長するんだよ?可笑しいと思う。
「蛍ちゃん、ポフィン焼いたから預かってる子達にあげてくれるー?」
「あ、はーい」
紙媒体の図鑑で世の不条理を嘆くのはやめて、おばあさんの焼いた美味しそうなポフィンを持って庭に行く。一匹一匹個性がちゃんとあるので、好みによって渡してあげなくてはならないのである。
「えっと、キミはこれだよね」
いつもは、その表情とか仕草で正解か否かが分かるのだけれど。
『うん! やっぱり蛍はちゃんと覚えてくれるから、嬉しい!』
「…………えっと、マリル?」
『うん! なあに、蛍!』
首を傾げる仕草も同じ、可愛らしいこれはマリルだ。けれど、何かが決定的に違う。マリルの鳴き声は、こんなに明瞭に言葉を紡いでいただろうか?
「マリル、喋れるようになったの…?」
そういえば昔弟の脇で見てたアニメには喋るニャースが居たなあとか思い、半信半疑で聞いてみると、マリルは凄いびっくりしたように此方を見て、他の子達もこっちを凝視していた。
『蛍、私の言ってること、分かるの?』
「え、うん、わかるけど」
どうしたの、と紡ぐ前に、ガーディが膝に飛び乗ってくる。
『オレの! オレの言葉は!?』
「わかるけど……どうして? みんな、なんで喋れるの?」
混乱する私の疑問に応えたのはストライクだ。
『蛍、俺たちは普通に、いつものように喋っているだけだ』
「え、それって」
『ああ、俺たちが喋ってる訳じゃなくて、蛍が俺たちの言葉を理解するようになったんだ』
「……まじでか」
なんじゃそりゃ、と顔が引きつる私をよそに、周りの子達は凄く喜んでじゃれてくる。その内容は『お話出来て嬉しい』といった可愛いものばかりで、なんか和んだ。うん、いっか。特に困るものでもないし。
「これから更に親睦を深められるということだもんね」
キャッキャワイワイと盛り上がる彼らを見ながら、平和だなあ、と思った。
***
「今日は此処までにしよっか、サワムラー」
『蛍、動きが速くなったな』
「えっ、ホント? サワムラーに言われると嬉しいなあ!」
かくとうタイプのポケモンは、適度に運動の機会が必要だ。しかし大切な預かりもの同士であるポケモンを戦わせる訳にはいかないし、私も手持ちなんて持っていない。そこで私は鍛錬も兼ねて、ポケモンと組み手をすることにしている。裏でやれば誰からも見れないし、ヨザックに続いてポケモン達は良い師である。
『蛍』
「あれ、ギャロップ、どうしたの?」
汗を拭いて片付けていると、後ろからギャロップがやって来た。サワムラーはとっくに帰ったので、今この場はギャロップと私だけである。
『今日は散歩、私の番だから迎えに来た』
このギャロップはポニータから進化した子で、そろそろトレーナーさんが迎えに来る予定だ。体が大きくなったのがよっぽど嬉しいのか、よく私を背中に乗せてくれる可愛い子である。お陰で眞魔国ではイマイチだった乗馬のスキルが滅茶苦茶上がった気がする。まあギャロップの場合、快く乗せてくれるのもあって扱いに困らないからだとは思うけど。
「いつもありがとうね」
『蛍はポケモンと互角に戦えるくらい強いけど、女の子で人間だから心配なんだ』
優しいギャロップの鬣を撫でて、心地良い風に目を細める。日常はただ穏やかに、進んで行く。
「あっ! 蛍お姉さん!」
近所に住んでいる子達が、嬉々として声をかけてくれたので、ギャロップが脚を止める。預かっている子達は様々だけど、みんな良い子なのだ。
「こんにちは」
「こんにちは! 蛍お姉さんに作って貰ったヒメグマ、可愛いってみんな言ってるよ!」
「私もイーブイの進化系シリーズ全部持ってる!」
「そう、ありがとう」
グウェンダルから教えて貰った編みぐるみスキルが、まさかこんな所で役立つとは思ってなかった。最初は遊びで子供達にあげていたものだが、評判が広まって商品化され、今では育て屋やショップの一角を借りて販売している。私も驚きだが、何とも逞しくポケモン界で生きていると思う。
そう、逞しく、ポケモン界で二、三年ほど、生きていたのだが。
「あれ? 一応此処のセキュリティーは完璧なんだけど、可笑しいな。オフラインで活動出来るのなんて式岸しかいないのにどーするよ」
混乱の最中に投入されるのは二度目だが、(眞魔国は覚悟が無いわけでもなかったからノーカン)ぐしゃっという音と共に誰かの部屋に落下とか初体験過ぎて、情報分析能力と冷静さがなければやってられない。普通の人間ならキャパオーバーで倒れているくらいだろう。でも向けられた言葉の中にある式岸とか、ちょっと記憶を掠る名前だ。次は何処の世界に飛ばされたし私。
「銀河系の中で起こっていることで探れないことはない、と天才に言わせた僕の前で、良い度胸だね」
「あ、れ……ちぃくん?」
今の台詞は聞いたことある。いや正確には、“読んだ”ことがある。思わず洩らした言葉に、目の前の少年、《凶獣(チーター)》の名を持つ綾南豹くんは、その名の通りの凶悪な獣のように、目を細めた。
「へえ……僕は知らないのに、キミは僕を知ってるんだ」
ひく、と喉が引きつったのが分かった。何か変な方向に行く気がする。
「面白いじゃないか、キミ、僕の弟子にしてあげるよ」
「へ?」
にっこり、と笑う彼に真意があるのかは不明だが、とりあえず有り難い……のかもしれない。だってここ、戯言の世界だ。人間離れした人達の巣窟なのである。そりゃあ、ちょっとは私も鍛えてきたけど、そんなんじゃ足元にも及ばないのである。ちぃくんは裏世界、てか《仲間(チーム)》のメンバーだけど(ちぃくんは《集団(メイト)》って呼んでる)オンライン専門だし、多分まだ安全なほうだ…………と思いたい。
***