多重トリップ過去編
□魔法の杖は叡智の象徴
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戯言の世界に来て二年、今までの世界が如何にほのぼの平和だったのかということを身にしみて感じている。《仲間(チーム)》がサイバーテロとか起こしてるあたり世間的にも平和じゃないけど、何より私の身に降りかかる日常が平和じゃない。私ももうすっかり一般人とは言えない戦闘力を身につけたと思う。ハッキング技術とかに至っては、今のところ使う場面見つからないけど。
確か、《仲間(チーム)》が解散した後もちぃくんは一人で活動を続ける。で、国連のデータベースに侵入しようとした際に、玖渚友の作った防衛ラインに引っ掛かって逮捕されちゃうんだよね。まあちぃくんが言うところの《集団(メイト)》が解散する前にでも独立させてもらおう……とか、来た当初は考えなかった今後のことをつらつら考えながらも、とりあえず一日の疲れを癒そうと、湯船に浸かって息を吐く。目を閉じて沈むと、冷たかった。…………冷たかった?
「……あれ?」
ばちりと目を開けると、そこはちぃくん宅のやたら広いお風呂場ではなく、見慣れた祖父母宅の池である。視線を落とすと白装束も着ている。
「……え、戻って、来た?」
小鳥がさえずる森に囲まれた状況は、私が禊に来た時のままだ。まさか、ちゃんと現実に戻ってこれるとは!
「わ、わー! おかえり、私! よく死ななかった!」
最近じゃ軋騎さんも手加減してくれなくて思いっきり楽しんでたから、真剣に命の危機だった。勢い良く立ち上がった私は、覚えのある違和感に身を包まれる。
「…………なんで、こんなに水面が近いんだ」
池はそれ程深くないので、太腿のあたりにしか水は来ないはずなのに、立ち上がった状態で胸の辺りまで沈んでいるのは可笑しい。ついでに、高校生にもなってこんなに胸が小さいというのも、記憶と合致しない。
「うそ、でしょ、まさか……」
水面に反射する私の顔は、ポケモンの世界で見た顔と同じくらい幼かった。え、え?せっかく現実に戻ってきたのに、縮んでるの?嘘でしょ?
「てか、祭りの前なのに静かだし……なんで?」
私は巫女舞の為に禊をしていたのだ。喧噪からは大分離れるとはいえ、ガヤガヤとした声は微かに耳に届いていた筈なのに。
『蛍、どうしたの?』
池の中呆然とする私に、小鳥のさえずるような声が届く。というか、目の前の石に小鳥がとまっていた。能力の引き継ぎにも、もう驚かないぞ。むしろ情報貰っちゃうんだから。
「今日って、この神社でお祭りじゃなかったっけ?」
『何言ってるの、蛍。此処には貴女ヒトリしか住んでないじゃない』
「……まじでか」
ちょ、おじいちゃんおばあちゃんどこ行ったの!住むとこあるのは嬉しいけど状況が全く分からないよー!
「……とりあえず、着替えよう」
考えるのはそれからでいいや、うん。
***
着替えてまず仏壇を覗いたことは許して欲しい。だって、この年で一人暮らしとか天涯孤独かと思った。ちゃんと祖父母も両親も兄弟も生きてるっぽい。冷蔵庫の中身も定期的に補充されるし、多分親と切れている訳じゃないんだろうけど。
「うーん、どうしたもんかねえ、小鳥ちゃん」
驚いたのは実は年号。1992年に巻き戻っていて、アルバムから見るに私は11歳なのだが、1992年に11歳とか本来の私と計算が合わなすぎる。多分また違う世界だとは思うんだけど、今までと違って世界観が全く掴めない。この世界に来てから、恐ろしい程人間と接触してないので、話し相手といえば最初に池で話した小鳥ちゃんくらいなのだが。
『蛍がどうするかは分からないけど、蛍のことを聞いてきた猫ならつれてきたわよ!』
「え?」
言われて目を向けた先には茶トラの猫がどこか緊張した面持ちで座っていた。
「わ、可愛い!」
自然にしゃがんで、撫でてもいい?と尋ねてしまう。猫ちゃんは首を傾げて警戒していたけれど、ちゃんと撫でさせてくれた。でもなんか、触れた所からひしひしと違和感が。これってもしかして、魔力じゃないだろうか。
「(黒猫ちゃんなら魔女のお供だし、猫又なら妖力持ってそうだけど…)」
『ねえ蛍、私お腹すいたわ』
「え? ……もう、仕方ないわね。自分でエサ取れなくなっても知らないよ」
悶々とした考え事を打ち切って、小鳥のためにご飯を持って戻って来た先には、もうあの猫は居なかった。不思議に思いつつ放置した私の疑問が解けるのは、その日の午後である。
──ピンポーン
「はーい」
神社の呼び鈴が鳴らされるのは、普通ならお札や御守りを買いたい人が居るときだが、生憎と今ここは神社として機能していないので、宅配が主なのであった。またその類だろうと思って開けた先で、顔が引きつったのを感じた。……表には出てないと信じたいが。
「私はイギリスにあるホグワーツという学校の副校長、ミネルバ・マクゴナガルです。蛍・日比野さんに大事なお話があって参りました」
ホグワーツとかハリポタじゃないか!私本は割と何でも読むけど、ハリポタは三巻までしか読んでないんだが、大丈夫だろうか。
「……これはどうも、ご丁寧にありがとうございます。私が蛍・日比野です。どうぞ、あがってください。今お茶をお出ししますね」
どうりで見覚えがあった筈のマクゴナガル先生をお通しすると、マクゴナガル先生がホッと息を吐くのが分かった。
「貴女が英語を喋れて良かったです。私、日本語は分かりませんから」
「ああ……」
自然に話しかけられた言語で対応してたから気付かなかった。プログラミングとかで使うのは英語だし、ちぃくんとかたまにドイツ語で話し掛けてきたし。って、あれ、もしかしてさっきの猫…!
「(マクゴナガル先生って確かアニメーガスだったよね……やっぱ気が一緒だし、あれマクゴナガル先生だったんだ……)」
ということは、撫でていいか聞いた時首を傾げて警戒していたのは、言葉が分からなくて何されるのか分からなかったからなんだね。悪いことしちゃった。
「さて、本題に入らせていただきますが」
「あ、はい」
「貴女は実は、魔女なのです。身の回りで不思議なことがあり、ご両親は貴女が世間から弾かれないようにと貴女一人をこの家に住まわせましたが」
「(あ、そういう設定だったの)」
「貴女は、世間から隠れなくても良いのですよ。魔力は制御出来るものです、貴女はホグワーツ魔法学校で魔法を学ぶことが出来るのです」
普通に考えて、このまま此処にいても外界から隔離された状況に変わりはないだろう。そして折角の魔法を学べる機会を、私が袖にする筈もないのである。
「分かりました。私、ホグワーツで学びたいです」
即断即決過ぎてマクゴナガル先生はちょっと戸惑ってたみたいだけど、何もする事がない現状にいい加減もやもやしてたし、学ぶのは大好きなので楽しみだ!
***