多重トリップ過去編


□戦闘は魔法要らずで半殺し
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はてさて学校生活にも慣れてきた頃にハロウィンがやってきまして、朝から城中に甘い匂いが充満しているようだ。嬉々としてトリックorトリートを唱える可愛い子たちには、日本から取り寄せた和菓子をあげることにした。上品な甘さと繊細な見た目が、なかなか好評である。教授達にもお裾分けした所、皆さんとても喜んでくれまして、中でも宝石を貰ったかのように顔を輝かせるマクゴナガル教授と、思わぬ出来事に目を瞬かせるスネイプ教授は特に可愛かった!仲の良い子に関しては、教授と同じように呪文を言われなくてもお菓子を配っているのだが、未だにハーマイオニーには渡せていなくて、彼女をずっと探している。あ、セドリックにはちょっと前に会って、悪戯な笑みを浮かべてトリックorトリートと言う彼に笑顔でお菓子を渡してきたのだが(因みに彼に渡した和菓子のモチーフは桜である)

『蛍』
「アス!」

授業が終わって、廊下を歩きながらもレイブンクロー生らしくキリクとティナと復習をしていたら、後ろからアスに呼ばれた。彼にはハーマイオニーを探してくれるように頼んでいたから、見つけてくれたのかもしれない。

「彼女、見つかった?」
『それが、ちょっと面倒なことになっててな……とりあえず事情を話すから、人気の無いところに行こう』
「了解」

キリクとティナは私がハーマイオニーのことを探しているのを知っているので、特に何も言わず送り出してくれた。今は皆がハロウィンパーティーに心踊らせているから、案の定人っ子一人いない中庭に腰を落ち着けて、面倒な事情とやらを聞くことにした。

『彼女を見つけた時、授業中だったんだ』
「うん」
『浮遊呪文の授業でな』
「あー……分かった、理解した」

単語だけですんなりと小説の内容が浮かんできて、苦笑を浮かべる。喧嘩イベントとかすっかり忘れていた。久しぶりの学生生活に、私は思ったより浮かれていたらしい。

「とりあえず、ハーマイオニーが居る女子トイレまで案内してくれる?」

出来たらトロールが来る前に彼女を連れ出してしまいたい。いや、仲直りイベントは大事だと思うけど、何も危険な橋を渡る必要はないと思うんだ。

「ハーマイオニー、居るんでしょ? 私、蛍だよートリックorトリート!」

背後でアスが『何言ってんだ』と言ってたけど、グスングスンと鼻を啜るハーマイオニーの痛ましい声を聞いてたら、何でもいいから泣き止んで欲しいと思ったのである。

「蛍…?」
「そう、蛍だよ。ハーマイオニー、一人で泣かないで。泣くなら私に抱き締めさせて」

訳分からなくて号泣した私に、マサキさんがやってくれたように、包み込んで安心させてあげたい。腕の長さが足りなくても、全部気持ちでカバーするから。

「蛍は、凄いわよね……自分の寮の友達だけじゃなくて、ちゃんと他寮の友達も大事にして……ッ勉強だって、凄く、出来るし」
「ハーマイオニー……」
「私、自分の勉強だってまだまだなのに、偉そうに人に指図して、自寮に友達なんかいないし、人には嫌われるし……こんなんじゃ、誰も好きになってなんかくれないわ……っ」

消え入りそうな声で、凄く悲しそうにハーマイオニーが言うから、なんだか私まで鼻の奥がツンとした。

「ねえハーマイオニー、貴女は私が友達に優しいっていうけど、私、好意を向けてくれる子にしか、優しく出来ないのよ?」
「、……?」
「社交辞令とか、壁とか、ちゃんと取っ払ってくれる子じゃないと、大事に出来ないの」

無邪気な子や、分かった上で壁を越えてくれる優しい人にしか、心を開けない。ううん、心を開いても、告げられないことがある。

「だからね、ハーマイオニーが優しいって言ってくれるのは、その分皆が私に優しくしてくれるからなんだよ。私はいっつもほぼ受け身だし、ハーマイオニーと仲良くなったのだって、貴女が話し掛けてくれたからだわ」
「あ、」
「ね? だからもっと、自信持ってよ。私の大好きなハーマイオニーを、そんな風に卑下したりしないで。ハーマイオニーの笑顔はすっごく可愛いんだから、涙で隠したりしないで」
『蛍、お前、すっげぇ恥ずかしいこと言ってる自覚あるか?』

アスがめちゃくちゃ居心地悪そうにしてるけど、構わないのだ。だって全部、

「本心だよ」

真剣に告げた言葉に反応するかのように、カチャリと目の前のドアが開いた。

「蛍、……ごめんなさい」
「出て来てくれたから、もういいよ」

未だ涙の残るハーマイオニーの頬を、優しく撫でてあげる。ぎゅっと抱き締めたその体は、安心したように力を抜いたから、私もホッとした。

「私、泣いてないで頑張るわ。目標があるんだもの、目指さないと勿体無いわよね」
「ふふ、そういう子だからハーマイオニーのこと、私は大好きなんだと思うわ」

ハーマイオニーは、志が凄く私に似ている。私が中身詐欺みたいなことしてなかったら、勉強でも勝てないと思う。二人でほのぼのしてたら、アスが毛を逆立て始めて、一般人よりは優れた嗅覚を持たされてしまった私の鼻もそれを捉えた。

『蛍、何か来るぞ』

多分この匂いに顔をしかめているアスをひょいと抱き上げて、ハーマイオニーに渡す。

「蛍?」
「ごめんハーマイオニー、ちょっとアスと一緒に、個室に戻ってて。あ、鍵は開けちゃ駄目だよ?」

混乱してるハーマイオニーに言うことを聞かせて、アスがすっごい抵抗してるのに苦笑して、入ってくるトロールと向き合った。確かトロールって、鈍くって魔法が効くまでに時間がかかったような気がする。ロンとハリーがノックアウトしたのも、棍棒でだったし。……実は私、魔法がまだ100%巧くは使えていない。戯言界で○マの魔術を鍛えたからか、あっちの魔力とこっちの魔力の調節が難しくて、一年のような簡単な魔法なら平気だが上級魔法は成功率が下がってしまうのだ。そんなのもあって、私はトロールに標準を合わせられる前に、突っ込んでいった。

「!?」

範囲の狭い巨体が持つ視界の端に、動く何かを捉えた時にはもう遅い。降りてきた腕を伝って颯爽と登り、トロールの頭目掛けて回し蹴りを繰り出す。バランスを崩して倒れたトロールが星を散らしているが、まだノックアウトはされていないだろう。追撃を開始しようとしたところで、耐えられなかったのかアスが個室から飛び出し、ハーマイオニーもアスを追って出て来てしまった。

『蛍!』
「だめよ、アス! !? キャアアアアアアア!!」

ハーマイオニーがトロールを認識した途端、悲鳴をあげる。私はトロールの顔をもう一度踏みつぶしてから、ハーマイオニーの所に戻った。

「大丈夫? ハーマイオニー」
「な、なにあれ!」
「トロールだね、何故だか分からないけどホグワーツに侵入したみたい」

ぶるぶる震えるハーマイオニーはしがみついてくるので、背中をぽんぽんと叩いてあげたが、そろそろトロールが頭を押さえながらも立ち上がるのでマズい。その時、悲鳴を聞きつけたのかハリーとロンが扉を開けるのが見えた。

「! ごめん、ハーマイオニー」

しっかりトロールの視界に入ってしまった二人の為、後ろから重心を移動するトロールに足払いをかける。倒せなくてもこの場合は構わない、此方に目標を定めてくれればそれでいいのだ。案の定よたよたと振り向いたトロールの、棍棒を持った腕にハリーがしがみつく。

「ロン!」
「あっ! ええと……ウィンガーディアム・レヴィオーサ!」

後は原作の通り、ロンの呪文でトロールがノックアウト。

「これ……死んだの?」
「いや、ノックアウトされただけだと思う」

奥から出て来たハーマイオニーが、しっかりとアスを抱えながらやってくる。それに応えたのはハリーだ。ロンは未だに杖を振り上げたまま固まっている。私はポケットから小瓶を取り出し、口を開いた。

「このままじゃ大き過ぎて邪魔ね──レデュシオ」

取り出したのは神社から持ってきた魔封じの小瓶である。それに小さくなったトロールを入れて、封じた。

「これでよし!」
「なあに? それ」
「魔封じの小瓶だよ、私の実家が神社だからこういうのも置いてあるんだ」

ほのぼのしてる場合ではないのだが、暫くはロンとハリーのぽかんとした顔とハーマイオニーの笑顔だけの空間だった。直ぐにマクゴナガル教授が飛び込んで来て、辺りの被害に目を見開いた。スネイプ教授が後に続き、最後にクィレル教授だ。スネイプ教授は私が居ることに凄く驚いていたけど、弁解してる余裕もないので私はマクゴナガル教授にトロールの入った小瓶を渡した。それをみたマクゴナガル教授は目を見張り、後ろの二人もピシリと固まった。

「一体全体──あなた方はどういうつもりなんですか」

原作では怒りが大半だったと思うけど、困惑と心配が滲み出た声だった。

「殺されなかったのは運がよかった。寮にいるべきあなた方がどうしてここにいるのですか?」

スネイプ教授がじろりとハリーを睨むのが分かった。そのハリーは、杖を上げたままのロンに恨みがましい視線を送っていたけど。その時、アスを抱き上げたままのハーマイオニーが口を開く。

「マクゴナガル先生。聞いて下さい──三人とも、私を探しに来たんです」
「ミス・グレンジャー?」
「私がトロールを探しに来たんです。私……一人でやっつけられると思いました──あの、本で読んでトロールについてはいろんなことを知ってたので」

ロンが杖を落とした音があたりに響く。私は見えないところで少し笑って、事の顛末を見守った。

「もし三人が私を見つけてくれなかったら、私、今頃死んでいました。蛍は私を守りながらトロールの注意を引き付けてくれて、ハリーはトロールの腕を押さえて固定してロンは棍棒でノックアウトしてくれました。その後蛍は縮小呪文をかけてトロールを封じてくれて……三人とも、誰かを呼びに行く時間がなかったんです。三人が来てくれた時は、私、もう殺される寸前で……」

ハーマイオニーの言葉にスネイプ教授が確かめるように此方を見たので、軽く頷くことで同意しておいた。

「まあ、そういうことでしたら……けれどミス・グレンジャー、なんと愚かしいことを。たった一人で野生のトロールを捕まえようなんて、そんなことをどうして考えたのですか?」

ハリーとロンがハーマイオニーを凝視していた。仲直りイベントは成功したのだと思って心の中でそっと微笑む。

「ミス・グレンジャー、グリフィンドールから五点減点です。あなたには失望しました。怪我がないならグリフィンドール塔に帰った方がよいでしょう。生徒たちが、さっき中断したパーティーの続きを寮でやっています」

彼女は出て行く時に、アスを手渡してくれた。アスはハーマイオニーを気にしていたようだったけど、二三度撫でると視線をマクゴナガル教授に戻した。

「先程も言いましたが、あなたたちは運がよかった。でも大人の野生トロールと対決できる一年生はそうざらにはいません。一人五点ずつあげましょう。ダンブルドア先生にご報告しておきます。帰ってよろしい」

マクゴナガル教授の言葉に踵を返そうとすると、スネイプ教授に腕を掴まれる。

「スネイプ教授?」
「トロールの始末については我輩に任せていただこう。ミス・日比野にはまだ聞きたいことがある」

スネイプ教授はマクゴナガル教授からトロールの入った小瓶を受け取ると、クィレル教授の方を一瞥してから歩き出した。含むところの無い言葉に従って隣を歩いていると、スネイプ教授の歩き方に目が止まる。今その足は、傍から見れば普通に歩いているように見えるだろうが、プロのプレイヤーの手解きを受けた私の目には分かりやすい程庇われているように映る。

「教授、足大丈夫ですか?」
「……何のことだね?」
「事情はお聞きしませんが、ご自愛なさってくださいね」

スネイプ教授はピタリと足を止めると、暫くじっと私を見詰めた。首を傾げてそれを眺めていると、徐に手を伸ばされて頭を撫でられた。まさかの出来事に、私は目をぱちくりと瞬かせる。

「君は、優秀な魔女だが──あまり危険なことには、首を突っ込まないで欲しい」

元々自分から進んで危険に飛び込むタイプでもなく、今回は不可抗力の末の出来事だったのだが、あまりにスネイプ教授の瞳が深く優しかったので、おどける気にはならなかった。きっと教授はトロールにある打撲痕に気付いたのだろう。その上で、私を心配してくれている。

「はい、お約束します、教授」



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