多重トリップ過去編
□トラウマ×鼠×犬
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レイブンクロー生らしい勤勉さで始まった闇の魔術に対する防衛術の初回授業で、私はボガートと対面していた。待ちに待っていた闇の魔術に対する防衛術は、今までと比べ物にならないくらい刺激的で面白かったので、自分の順番が回ってくるまでは皆の様々な“こわいもの”に感心しつつも楽しく鑑賞してたのだが。
「お、まえか…!」
今、私の目の前に居るのは、ポケモン界で私に盛大な印象を植え付けたあの6.5メートルあるギャラドスだ。あまりの大きさとドデカい顔のインパクトに、後ろのレイブンクロー生達が小さく悲鳴をあげるのが聞こえてきた。ルーピン先生でさえも瞳を丸くしている。久々に見たトラウマに、あの時のようにアッパー&回し蹴りを繰り出しそうになったが、ボガートに効くかどうかも分からないのでやめておいた。
「リディクラス!」
呪文の後、床でピチピチと跳ねるのはコイキングである。コイツも約1メートルはあるけど、水の中じゃなきゃ何も出来ないので恐くも何ともない。苛立たしげに溜め息を吐いて、列の後方に回ると、先にボガートとの対決を済ませていたティナが駆け寄ってきた。
「蛍……、大丈夫?」
「ええ……未だに何でアレがああなるのか理解は出来ないけどね」
「……(良く分からないけど、聞ける雰囲気じゃない……)」
油断して自分の怖いものを決めておかなかったことは大きな誤算だった。そしてまた、結構な動揺を生んだボガートとの対決に於いてのもう一つの誤算は、ティナがとても絵が上手く、キリクがセドリックに対してはお喋りになる、ということだ。
「ボガートを面白いものに変身させたんだって?」
すべての授業が終了して気持ちを落ち着ける為に来ていた図書館で、セドリックに声を掛けられる。人に会わない様にいつもの場所でなく棚と棚の間にいたというのに、見つけられてしまうなんてついてない。
「……ホグワーツの噂の速さには恐れ入るわ」
「君の友人から教えて貰ったからね」
私の声に憮然としたものを感じ取ったのか、セドリックはフランクにウインク付きで応えた。そんなことされたら、張っていた気を抜くしかないじゃない。溜め息をついた私の額に、セドリックは優しくキスをして、ゆっくり手に触れてくる。
「……ちょっとしたトラウマなのよ。目覚めた時に目の前で覗き込まれてて、360度状況が分からなかったから混乱して──それ以来、苦手なだけ」
まあきっともう会うことはないんだろうから、ボガートでもポケモンに会えたことを喜ぶべきなのかもしれないけど。
「ティナに絵も見せて貰ったけど……日本には、面白いモノがいるんだね」
「………………まあ、そういうことにしておいて頂戴」
余すところなく手に口付けて許しを乞うセドリックに緩く笑って頷いて、彼の優しいキスで機嫌を直してあげた。
さてギャラドス事件もセドリックのお陰で(私の中で)収束したので、いよいよアスだけでなくシリウスと接触したいと思う。手土産は厨房でこしらえてもらったチキンとかサンドイッチとかである。
「えーっと、アス? 何処?」
一足先にシリウスに喋ってくれるはずのアスを呼ぶと、『蛍、こっちだ』と声が聞こえる。回り込んでみれば、何とも目眩ましに最適な木だろうか。
「わー、割と大きいねえ」
それでも栄養が行き届いてないのか、身体の割に黒犬は痩せ気味だったが。
「アスだと大量の食品は運べないから、ごめんね。今日はちゃんと一杯持ってきたからね」
バスケットを開けると、シリウスの目が泳ぐ。お腹空いてる筈なのに食べないし、さっきから一言も喋ってない。
「……アス、説明したんだよね?」
『したけど、信用されるか否かは別問題じゃねーか?』
「それもそうか」
仕切り直して、私はシリウスの前に正座した。私の出方を警戒しながら見ているシリウスに、にっこりと微笑んでまずは自己紹介だ。
「初めまして、えーと“パッドフット”さん。私は、蛍・日比野と申します。見て分かる通りの、レイブンクロー生です」
シリウスの真意を探るような目にも動じず、アスを膝の上に置く。
「この子はアス、私の大事なお友達兼相棒です。私はハリーのために、……あなたを助けたいと思ってます」
『……ハリーのため、だって?』
漸く口を開いてくれたシリウスに、微かに笑って頷く。
「ええ、ハリーのために。あなたがピーター・ペティグリューを探しているのは知っています。クルックシャンクスが協力してくれていることも」
アスを撫でながら、私は続ける。
「だけど、そのことによってロンとハーマイオニーが喧嘩をしてしまうことは、ハリーに大きな負担を強いてしまいます」
『だったら、どうしろと…!』
訳が分からないままに感情を高ぶらせるシリウスを片手で制して、続ける。
「ピーター・ペティグリューを捕まえる案はちゃんとあります。しかも、誰にも怪しまれないし誰も傷つけずに済む方法が」
『……お前みたいな小娘に、そんな策が?』
『っ! お前、さっきから聞いてれば蛍に向かって失礼だぞ!』
「良いわよ、アス」
話を聞いてくれるだけで進歩だ。不服そうにしながらも怒りを納めてくれたアスを再び撫でながら、話を再開する。でもすっかり敬語は抜けた。
「実は私、小娘なりに優秀だし三人の中の──特にハーマイオニーには信頼されてるの」
ハリーも普通に他寮としては仲良い友達だし、ロンも他とは違う目で見てくれている。
「クルックシャンクスのことで相談を受けたから、今度グリフィンドールの談話室に行くの。そこでロンからピーターを預かってくるわ」
『!?』
「もうネズミ用のお部屋も作ったのよ。絶対に逃げられないようになってる」
戸惑うシリウスの瞳を、真剣に覗く。
「ねえ、信用しろとは言わないわ。でも、ちょっとだけ待って。あなただけが捕まっても真実は明るみに出ないし、ハリーも喜ばないわ」
『ハリー……』
「そうよ、あなたが名付けた子じゃない。ハリーが何のてらいもなく頼れる筆頭に立てるのは、あなたなのよ」
ハリーがシリウスと交わした言葉は少なかったけど、凄くハリーが喜んでいたのを覚えている。
「ピーター・ペティグリューを殺しても、ハリーの両親は戻らないしあなたのためにもハリーのためにもならない。ピーターは私が責任を持ってアズカバンに投獄するから、あなたはハリーとリーマスと、幸せになることに全力を注いで」
『リーマス…!? リーマスがいるのか!?』
「え、あれ? 知らなかったの? ルーピン先生は今年度の闇の魔術に対する防衛術の教授よ」
『そうか……』
初めて優しげな顔をするシリウスの頭を、思わず撫でる。
『なっ…!?』
「……12年も、辛かったね」
シリウスは思わず飛び退きそうだったけど、私の言葉を聞いてそのままでいてくれた。
「だけどね、シリウス……リーマスもきっと12年辛かったと思うわ」
『……ああ』
「だからこそ、あなた達は幸せにならなきゃ駄目だよ」
ぎゅっと抱きつくと、シリウスは困ったように『汚れるぞ』と言った。
「、そうだわ…! ね、パッドフット、あなたを洗ってもいいかしら」
『は、はあ!?』
「縮小呪文かけていくから!」
『……諦めろシリウス、こうなった蛍は誰にも止められない』
***
シリアスなのか、ギャグなのか