多重トリップ過去編


□涙の説得と黒い犬
1ページ/2ページ


図書館に籠り過ぎて自分の試合以外に殆ど現れないことに定評がある私だけど、恋人の初キャプテン試合くらいは(楽しみにしてるね、と言ってしまったし)行くことが決定していた。スペースはハッフルパフ側のロランの横で、私の横には更にキリクとティナが座っている。人混み+騒がしいものが好きじゃないアルくんは多分いつもの私のように図書館に篭っているのだろう。最近はワンコやらネズミやらウルフやらの画策で忙しく、本筋を大きく離れたストーリー展開をさせていた。だから、そのことで頭が一杯で忘れていたのだ。この試合に、吸魂鬼の干渉があるということを。上空にスニッチを追い掛けて登っていったセドリックとハリーの上に、大量に吸魂鬼が現れた瞬間、一気にこの後起こる出来事を思い出して、私は真っ青になった。慌てて気を辿ると客席にはシリウスも──いた!

「アス、パッドフットを!」

この距離でも無言呪文が効いたことに感謝しながら、縮小呪文で小さくなったシリウスの回収はアスに任せて私は今、落下するハリーと一緒に急降下を続ける吸魂鬼に向かって杖を向ける。やったことないけど、出来るはず。様々な優しい思い出を心に浮かべて、杖に全てを託す。

「エクスペクト・パトローナム!」

意図して力強く言った呪文と一緒に飛び出して行った銀色の守護霊は、ポケモンの世界でずっと優しくしてくれた、あのギャロップだった。

「ギャロップ、かえんほうしゃ!」

私はそのことに何の疑問も持たずに指示し、ギャロップもそれに応えてくれる。猛々しい炎が吸魂鬼に向かっていき、残る吸魂鬼をもギャロップが追い払う。ハリーの落下を止める為に更に呪文を唱えると、同時にダンブルドア教授の魔力を感じた。地上に無事降りた後は、先生方に任せるしかない。ホッと息を吐いて座った私の横で、キリクが静かに話しかけてくる。騒然としている周りへの配慮なのか私への配慮なのか、ドイツ語なのがありがたかった。

「蛍、あの呪文は何だい?」

純粋な瞳で質問を紡ぐキリクに、これを計算でやってるのなら凄いなあ、なんて失礼なことを一瞬考える。まあ考えただけだけど。

「あれは守護霊の呪文だよ。吸魂鬼に有効な唯一の呪文」
「へえ……じゃああの角のないユニコーンみたいなのが蛍の守護霊ってことか。……蛍が言ってた言葉は? 英語でもドイツ語でも無さそうだったけど。なんて言ってたの?」
「あれは日本語。守護霊にハリーを助けてって言ったのよ」

キリクは私の言葉を聞いて守護霊にはあんな事も出来るのか、と感心してるけど、多分キリクの守護霊はかえんほうしゃなんて技は出さないと思う。まあいいや、言うことを聞いてくれるのはきっと事実だし。分かったとしてもポケモンとかまだ存在してない時代なんだから分からないだろう。そうこうしている内にパッドフットを銜えたアスが戻って来たので、そのままアスを抱き上げる。

「えーと、キリク、私少ししてから寮に戻るから。ちょっとの間ティナを宜しく」
「りょーかい。まー無理には聞かないけど、言いたくなったら何時でも待ってるから」

ひらりと手を振るキリクは、やっぱ頭良いだけあって賢いし勘もいいと思う。私はちょっと苦笑してから、ありがと、と言葉を紡いだ。

『もう無理だ! ハリーは俺のせいで吸魂鬼に襲われてしまった! ピーターを説得するなんて待ってらんねえぞ!』
「パッドフットさん、まだ廊下だから抑えてくれない?」

小さな犬の体で、文字通り“吠えて”いるシリウスに、私はため息をついた。さっきからアスは明後日の方向を向いて関わらないようにしている。とりあえず必要の部屋に行こうと壁の前に立ち、周りに誰もいないのを目と気で確認してから、“誰にも、なににも見つからないでシリウスが安全に過ごせる部屋”を作り出す。ドアを閉めた途端に、一応黙っていたシリウスが再び吠える。

『早く俺を戻せ! ピーターをダンブルドアに突き出してやる!』
『……今のシリウスは蛍にさえ襲いかかりそうだから戻さない方がいいと思うぞ』
「言われなくても分かってるわ、アス」

ピーターにかまけてこの出来事を忘れてたのは悪かったけど、これってハリーへのファイアボルトプレゼントの布石ではないんだろうか、と思ったらそんなに悪いことでもないのでは、とも考えられるようになった。第一、後はピーターからの強い意志があれば達成出来そうな目標を、怒りの感情だけで台無しにされたくない。私がシナリオを知っているのは今年までだけなのだ。どうせなら、後味よく終わらせてあげたい。

『蛍!』

噛み付いてきそうなシリウスに、ほんとに縮小呪文かけてて良かった、と思いつつ口を開く。

「……ねえシリウス、ピーターは、自分の罪を認めて、後は勇気を固めて自首出来る決心がつくまで待っている状態なのよ」
『なっ…!? 嘘だ! アイツは裏切り者だ! 強い者に頭を垂れて、自分の命だけが大事だと思っている卑怯者だぞ!?』
「あなたの知っているピーターは、本当にそんな彼ばかりなの?」
『……どういうことだ』

唸り始めるシリウスに、身も心も犬になってんじゃなかろうかと余計なことを考えつつ冷たい目を向ける。

「学生時代、あなたが付き合ってきたピーターは、大事な友人だったピーターは、そんな性格だったの?」
『…………違う、違うが、ジェイムズを、リリーを、リーマスを、……俺を、裏切ったのはアイツだ』
「そうね、でも裏切られたのはそれだけじゃないわ」
『……なんだって?』
「友人を大事にしたかったピーターは、自分の身を守りたかったピーターに、恐怖に屈してしまったピーターに裏切られたのよ」
『まるで言葉遊びだな。そんな説得力の欠片もない台詞でピーターは悪くないとでも言うつもりか?』

冷笑を向けられてはいるが、激昂していた時よりはまともに話が出来る。私は意を決して、シリウスを元の大きさに戻す。

『! 蛍』
「いいの、アス」

いざとなれば体術もあるし無言呪文・杖なしで彼を捉える自信はある。けれど、実力行使なしに彼を説得出来なければ、この作戦は絶対に成功しないと分かるから、逃げることはしたくなかった。

『お前の喉笛を噛み千切ってしまえば、俺を止めるヤツはいなくなるな』
「……そうしたきゃ、すればいいわ。でも実行するのは私の話を全部聞いてからにして」

殺されても良いというのは、ほんのちょっぴり本心だ。何故ならまた異世界に渡ってこの世界を離れることになるくらいなら、ここで幸せな思い出だけを胸に抱いて眠ってしまいたいと思うことがままあったから。あと、トリップ中に死んでしまったらどうなるのかと純粋な興味もあった。死にたくないのは本当だけど、シリウスを怯ませるにはそのちょっとの本気の滲んだ歪んだ瞳だけで十分だったみたいだ。

「12年、あなたはアズカバンで過ごし、リーマスは孤独に暮らした。……そしてピーターも、恐怖と孤独に震えながら過ごしたに違いないわ」
『は! ウィーズリー家に拾われてぬくぬく生き長らえていたの間違いじゃないか?』
「ピーターはヴォルデモートが失脚する原因となる場を作った張本人だわ。当然、死喰い人からも良く思われてないから見つかったら消されると怯えていたはずよ」
『……自分が招いたことの結果だろう』
「シリウス!」

頑ななシリウスの気持ちが分からない訳ではない。ジェームスが、リリーが、リーマスが、好きだからこそ大事だったからこそピーターを許せないシリウスの気持ちは分かる。だけど。

「確かにピーターは愚かだったわ! けど、友の変化に気付いてあげられなかったシリウスも、十分愚かよ!」

酷いことを言っている自覚はある。情けをかけたり優しさを向けられる感情をもっていないことも。けれど、かつての友が憎しみ合い別れるだけでは、誰の心も救われない。吐きだした言葉のナイフに憎しみの感情だけを突き動かされたシリウスが私に飛びかかり、端から見たら私は今絶体絶命の光景だ。だけど、私の口は止まらなかった。もう、計算も作戦も、何もなかった。

「私、嘘を吐いてるわ! 色んな、数え切れない、誰にも言えないことを沢山持ってる! 私の友達は、みんなちゃんと気付いてくれていた!」

私は、そんな優しい人達の手に、甘えて何も言わないまま、世界をすり抜けて行くだけだった。

「友達に囲まれて、今私幸せよ! 家族なんていないようなものだし、私には彼らしかいないの! あなたにとってそうだったように、みんなにとってもそうだったに決まってるじゃない!」

言ってることは支離滅裂だ。だけど涙をいくら流しても、睨む目の強さと明瞭な言葉だけは変えないように、彼に届けられなくなることは一番悪いことだから。

「ピーターはあなたたちを選びたかった筈だわ! でも、誰も彼が苦しんでいることに気付かなかった! 彼しか彼を大事に出来なかった! ピーターにはもう、自分しか守りたい、守れる存在がいなかったのよ! 弱虫よ! 臆病よ! ばかよ! だけど、どうしてシリウスがそれを責められるの? ピーターはあなたより長く心から笑ってないのに……ピーターは大事な友達だったのに!」
『………………何で、お前がそんな泣くんだよ』

シリウスは後から後から流れる私の涙に、すっかり怒りを納めていた。今は微かに傷付いた静かな目で、ゆっくり私に問い掛けている。

「あなたたちは、同じ世界で、大切だった友達に会えるのに、傷付いて傷付けてばかりだから」

(わたしはもしかしたらにどとあえない)

「一緒にいた大切な時間を思い出す度に、苦しい思いをしないで」

(だってこのばしょはまほうとゆうあいにつつまれたすばらしいところ)

「もう、自分を責めないでよ……いいじゃん、ハリーとリーマスの幸せを一緒に考えるだけでもう。幸せになるんでしょ、約束したじゃない……その手伝い、ピーターにもさせてあげようよ……心から、笑わせてあげようよ……大切だった親友の心を、楽にしてあげようよ……」

(わかってほしい。わだかまりのないわかれで、みんなにわらっててほしいわたしのわがままなねがいを)

「……なんで蛍がそうやって、必死になってんだよ。お前、関係ないんじゃないのかよ」

いつの間にか人間に戻っていたシリウスは、私の腕を引っ張り起き上がらせると、ゆっくり抱き締めてきた。その口調はぶっきらぼうだったけれど、優しさが滲んだ声だった。

「……教えないわ、ピーターを捕まえることで、自分を更に傷付けようとしてるひとなんかに」
「……悪かった、謝るから」
「大事にしてよ、自分のこと。まずはハリーのためでいいから……」
「わかったわかった」

呆れたような苦笑は優しくて、やっと私も笑うことが出来た。私はちゃんと、シリウスが優しいってことを知っているのだ。



***
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ