多重トリップ過去編
□約束と第二課題
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クリスマスも終わり、また新学期が始まった。慌ただしいホグワーツはそれでこそ標準だと思っている節があるので一々噂を確かめることなんかもしていない。誇張だろうが誤解だろうが情報に左右されてしまった人間を元に戻すことは労力を使うし知人でない場合その人の“常識”と化したモノを覆すことなんて無理に等しいのだから。一月半ばにホグズミード行きが許されて、クィディッチも無いために私達は久しぶりに足を運ぶことになった。
「ダイアゴン横丁も面白いけど、ホグズミードも興味深いわよね」
魔法使いしかいない自由さは、私の好奇心を絶えず刺激するからセドリックと手を繋ぐか腕を組むかは必須条件だ。寒いので今日は寄り添うように腕を取っているが、後ろから見たら多分ハッフルパフのカップルみたいに見えるだろうな。二人とも防寒具は互いに贈ったカナリアイエローだから。
「キョロキョロしてる蛍も可愛いけど、少しは僕の方を見てくれないと妬いちゃうなあ」
「……」
返す言葉を無くしてセドリックの方を向くと、啄むようなキスをされる。
「此処、外だけど……セドリック」
「誰も見てないさ。それに今年は、僕たちの噂なんかより慌ただしいものが開催されているわけだし」
「……そりゃそうか」
くっつくまではどうなるのかの噂が絶えず彼のアプローチは筒抜けで(目立つからだけどね)、くっついてからも注目カップル扱いだったらしいので、多分噂には困ってない日々を送っていた。
「去年はキャプテンで走り回ってたし……まあ蛍も忙しそうだったけど?」
「ごめんなサイ」
去年の画策が終わってから完全にセドリックにバレたのも記憶に新しい。元々隠すつもりは無かったのは信じてもらえたので良かったが。
「そうね……怪我はせずとも心配かけることは良くないわよね」
毎度ちゃんと思ってはいるが、なまじそんじょそこらの魔法生物や魔法使いには負けないくらい強いとの自負があるため危機感が薄いのは確かだ。許されざる呪文だって軌道を読んで避けることすら出来る。
「(……そうだ、許されざる呪文)」
今年のホグワーツの闇の魔術に対する防衛術の先生は元闇祓いらしく、許されざる呪文を臆面もなく使う。服従呪文を一発で弾き返してしまったことに驚かれはしたが。
「(アスはあの授業に出席するのを嫌がるのよね……まあ見ていて気持ちのいいものでもないけど)」
でも、何か違和感がある分警戒しておくに越したことはないのかもしれない。……心配性な彼の為にも。視線を動かすと、急に黙り込んで色々考え出した私を不思議そうに見守っている彼と目がぶつかってちょっと笑った。
「いつものお詫びと、お礼ね」
そのまま彼の腕を引っ張りながら背伸びをして、セドリックの唇を塞ぐ。寒さの為だけでなく彼の頬が朱くなるのを気持ち良く眺める。
「……第一の課題の時だけど」
「、うん?」
急に口を開いたセドリックに首を傾げつつ先を促すと、腕を解かれてそのまま腰を抱かれ、耳元に口を寄せられる。
「ハリーが、ドラゴンだって前に教えてくれたんだ」
「……ハリーが?」
目を瞬かせて至近距離の灰色の瞳を見つめると、微かに頷かれる。
「その目で見たらしくてね。他の二人ももう知っているだろうから、僕だけ知らないのはフェアじゃないって」
潜められた声で告げられる真実に、自然と笑顔が零れるのが分かった。
「ハリーらしいわね」
きっと彼はハグリッドの好意によってドラゴンがホグワーツに来るのを見せて貰ったのだろう。マダム・マクシームはハグリッドがご執心の相手だし、カルカロフはクラム贔屓なのが目に見えているので課題を探ろうとしたところでもハリーに見られたんじゃないかな。軽く推測を交えてセドリックに告げると、「蛍は凄いな」と笑顔をくれた。
「借りがあるからね、卵のことで悩んでるらしいハリーにヒントを教えたよ」
「そっか」
セドリックはハリーについて何も言ってなかったけど、私の友達なのは知ってるしフェアプレーを重んじるスポーツマンとして共にホグワーツの代表という意識でいてくれているのだろう。セドリック贔屓の友人にもハリーを貶めるのではなく僕を持ち上げてくれよ、なんてお茶目なことを言っていたらしい。(ロラン談)
「セドリックはどうして三大魔法学校対抗試合に出ることにしたの?」
彼がゴブレットに名前を入れる時、立候補するのは聞いていてもその理由までを聞いてはいなかったことを思い出して何となく尋ねる。その気持ちは随分軽いものだったが、セドリックの返しは至極真剣だった。
「そうだな……保証が欲しかったのかもしれない」
「保証?」
「どんな困難なことでも乗り越えて、優勝を掴み取れたなら──誰よりも自分に蛍を守る資格があるって」
思わず進めていた足を止めて、真っ直ぐ彼を見詰めてしまった。絡んだ視線の先でセドリックが苦笑を浮かべる。
「蛍は頭が良いだけじゃなくて、体術も凄かっただろう? 正直言って、杖無しで闘ったら多分勝ち目はないと思う」
「……私がセドリックと闘うことはまずないと思うけど」
「今重要なのは、僕が君より弱いだろうってところだよ」
そんなことはない、そう本気で思っている。だけど彼の瞳を見詰めているとそれを言うのは今じゃない気がして。
「ただ僕も男だから。胸を張って君の隣に居れるように──そう思って、ゴブレットに名前を入れたんだ」
「……そうだったの」
彼の真髄を自分はまだ見ていなかったのか、と漠然と思いながら、彼の気持ちを受け入れる。私に出来るのは、理解して許容して待つことだけだと分かったから。
「だから蛍、待っていて。必ず優勝杯を君に捧げるから」
「私は優勝杯よりも、セドリックが五体満足で戻って来てくれる方がよっぽど重要だけど……貴方のために、私のために、絶対待ってるって約束するわ」
「うん」
雪深いホグズミードで、私達は約束した。未来へと続く、暖かくて力強い、誓いの約束だった。
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