多重トリップ過去編


□暗闇の迷路に惑うのは
1ページ/3ページ


第三の課題までの日数があるからか、ホグワーツの生徒は高揚感をしばし忘れて期末試験のことを考え出すようになっていた。唯でさえ課題が多い学年だが確実に捌いて行けば自由な時間は十分に確保出来る。

「それ蛍だけだから……」
「そう?」
「仕方ないよティナ、蛍は一個にかけるスピードが違うから」
「……それもまあ普段の賜物だろうがな」

訂正、私は結構なんとかなっている。ティナはうなだれつつもしっかりこなしているんだから良いんじゃないかな、と思うのは間違いだろうか。ティナを慰めるキリクも落とすことはしないし、フォローのような言葉をかけてくれたアルくんと一緒にロランのお守りに回っている状態だから心配する程の面々ではない筈なのだが。

「大丈夫? 多分これで今週の分は何とかなると思うけど……」

私はいつものメンバーの代表のような形になっているキリクに課題で使える文献リストを渡しながら聞く。今日は地下の魔法薬学教室に向かう予定なのだが、付き合った方がいいか一瞬迷ったから。

「ああいいよ、大丈夫大丈夫。このリストだけで十分。普段の授業は頼りっぱなしだからね、蛍の自由研究時間まで奪ったら世界から恨まれる」
「ふ、何それ」

キリクの軽口にあわせて笑わせて貰う。迷いつつも今日は教授にしたい質問もあるし、許可されれば教授と魔法薬精製もしたいなあと思っていたので、時間を遅らしてでも行くつもりではあったのだ。手を振ってみんなと別れてから目的地へと急ぐ。

「……あれ?」

いつもの教室に入ると、誰もいなかったので思わず疑問符を口にだして首を傾げる。私が行くときは大体教授はこの教室で本を読んでいるから、珍しいと思ったのだ。準備室と繋がる私室の方に居るのだろうか、と慣れた手付きでノックをする。最初ノックもびっくりされた要因だけど、慣れてきたら合図としては悪くないと許容されたみたいだった。

「教授…? 日比野です、失礼しますね」

いつもは「入りたまえ」という言葉があってから入室する。しかし、私が教授に会いに来たのは勉学の為だけでなく、実は最近の教授の様子に疑問を持ったからでもあるのだ。体調が悪いのとも違う。居心地の悪さのようなものはムーディ教授との間で感じていたが、そうではなくてもっと身体的な、“左腕”への違和感だ。気になった私は返事のしないその扉の向こうに踏み込むことにした。

「教授」

案の定教授は私室の机の前に微動だにせず座っていた。ジッと己の左腕を見ていた教授は、私の呼びかけを聞くとスッと上げていた袖を下ろした。

「……日比野か、すまない、少々呆っとしていた」
「いえ……」

近付いてもいいのか迷い、探りながら歩を進める。教授は動かないので近くに来ることは出来たけれど。

「…………痛みは、ないんですよね?」
「!、」
「今年の教授、ずっと左腕を気にしているみたいでしたから……」

驚きの目を向けてくる彼に、違和感に思ったきっかけだけを告げる。おかしいと感じただけだから、そこに実際何があるのかは私は知らない。知らないけど、左腕を見る度に彼の見えない表情の内に何かが渦巻いている気がして、何故か私まで落ち着かない気持ちになるのだ。そろそろと小さく肩に触れると、教授の体がピクッと反応した。それには気付かなかったフリをして、教授が気になっている箇所には触れないまま手を滑らせる。何も言わない私に、教授は詰めていた息を吐いた。

「大丈夫だ、……まだ」
「……」

心なしか和らいだ顔は、しかし言葉と相反してどこか切なげな気持ちにさせられる。今度は躊躇わずに問題の箇所に触れると、教授の目が迷うように動いた。

「私、教授のこと全然分からないですけど……教授のこと、大好きですから」
「……日比野」
「どんなことになっても、それだけは忘れないで下さい」

私はこの先の物語を知らない。だけど、三巻までの貴方も、此処で一緒に過ごした貴方も、私にとっては良い人で、決してみんなに酷く言われるような人じゃないことだけは分かるのだ。私の保証なんて意味が無くても、必要さえなくても、私が教授を大好きなことだけはこの先も覚えていて欲しいと思った。



***
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ