多重トリップ過去編


□Warmth of a wind and ice.
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ドサッと落ちたのは二度目だと、ぼんやりした頭で考えた。畳のイ草の匂いのする、ここは日本なのだろうか、縮めた身体は随分小さくなったように感じるけど、それよりもなんでまた違う世界に行きついてしまったのかが分からなかった。

「(確かにあの世界にはもう居たくないと言ったけど……違う世界に行きたいって意味なんかじゃ決してなかった)」

横に流れる涙は慣れ親しんだ藁へと染み込むけれど、肉体も気持ちも動くことを拒絶していた。そう、回らない頭ではこの命を続けていくことすら億劫になっていた。全く知らない人に囲まれて、全く知らない世界でまた一からやるのも、もう。
一番大切な人を失ったばかりの自分に、その作業は酷く苦痛だ。

「むっ!? なにやつじゃ!」

老人のような声が聞こえて、バタバタと辺りが騒がしくなる。随分と古風な話し方だと普段なら思う所だが、今の私では知的好奇心も働かないらしかった。

「お主、何処から入った!?」

何処、何処なんだろう、見た目は天井から落ちて来たようにでも見えるのだろうか、ぼんやりと視線を動かした先には、何か武装した人に守られる様にして立つご老人が。
目の前に向けられる武器はその場に似合う古風な槍で、容易く明確に命を奪えるものだと分かったけれど、私がまず抱いたのは恐怖ではなく、強い安堵だった。

「(ああ、これで、しねるのかな)」

世界が違って行き着く先が一緒なのか分からなかったけれど、雲の上で会えるのなら、きっとそこに、彼の隣に私の居場所はあるのだと思うと嬉しくなった。きっとそうだ、殺してもらうため、私は世界を渡ったのか。
薄く笑ってから目を閉じて、そのまま意識を手放した。別に自分の死に際を見ている趣味はなかったし、早く彼に会いたかったから。

「気を失ったようですが……どうしますか? 殺しますか? ──拘束を?」
「……いや、見たところ敵意もなさそうじゃ……酷く衰弱して居るようではあるがの……、風魔よ」
「…………」
「おおッ天井裏から!」
「流石風魔どの!」
「この幼子が入ってきたのを見たかの?」
「…………」
「否、か。気になるな、もしや神隠しの類かもしれん……布団を敷いてやれ、風魔が見張りも兼ねて面倒をみる」
「……!」
「なあに、気遣わしげにしとったじゃろうて。警戒はせんでよかろう。この子の目は槍を見ても怯えることなく享受しようとした……生きることに、絶望しとった。声も立てずに涙を流して――まだ小さいのに、何があったんじゃろうなあ」

身体が柔らかい風に包まれたことも、酷く温かいもので守られたことも知らずに、私は唯昏々と眠り続けた。







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