多重トリップ過去編


□忍び忍ばれ宵の華
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九歳になった私は、暗殺戦術特殊部隊、通称暗部からの内定通知を受けて暗部入りを果たした。忍務で悉く冷静に対処できる、年に似合わぬ落ち着きと腕が買われたらしい。変化無しで子供の姿な私は対象者の油断を誘えるということだ。

「蛍」
「!」

忍務の後、これで殺したのは何人目だろうと薄暗く考えていた私はイタチの気配に気付かなかったらしい。そう、イタチも私より半年前に暗部からの通知を貰っていた。

「……蛍って呼んじゃダメでしょ、この姿の時は」
「結界を張ってある」

近付いてきたイタチは普通に私の暗部の仮面を剥がして来た。十六歳の時の、自分の顔が風に揺られる。

「怪我しなかった?」
「問題無い」
「そっか」

私たちが身に纏うのは、基本的に対象者の血の匂いだ。相手の死を連れてくる暗部は、仮面をつけている間は徹底的に人間性を排除した機械的行動を推奨される。命のやり取りの中で迷うことは死に直結するし、生き残るにはひたすらに順応して対象を殺していくしかない。

「兵糧丸、要る?」
「貰おう。蛍のは美味い」
「一から調合してるからね」

深夜の里は静かで、少し淋しい。膝を抱えて里を眺める私の隣に、イタチが腰を下ろす。修行場には最近二人で行けていない。それほど私たちは忙しく、スケジュールがすれ違っている。

「今度同伴の潜入忍務でももぎ取るか。今の俺とお前なら似合いのカップルだ」
「……中身は九歳の少女と、十一歳になる少年なのに?」
「背徳的な香りが漂うな」
「そうだね」

優しいイタチが零した冗談に笑って、伸ばした指をイタチの手に絡めた。新人に似合わない適応力があるからか、私もイタチも実年齢を知る人には大層不気味がられる。アカデミーの再来であるこの現象は少し笑えるが、私にとってここで得る力は目標に近付くために必要不可欠なものだから、席を失ったりしないように必死だ。今までだって、散々見捨てて来た命がある癖に、少し苦しいと思うなんて甘いだろうか。

「……荷物いっぱい背負って、重くない?」

忍務で手を下す時は躊躇わず、しかし必ず殺した人の命を背負って生きていく。瞳の暗くなったイタチに私の区切りの付け方を告げてから、彼はきっと自分の殺した人間を忘れてはいない。忘却して人間性を失うのとどちらが楽だろうと考えることもあった。けれどやはり私は、イタチにも笑顔を捨てて欲しくなかった。

「大丈夫だ。独りじゃないからな」

柔らかく笑うイタチは、絡まった手もそのままに私の肩にもたれかかる。同じ穴の狢というか、同じ立場に居るという認識を互いに持っているのが私たちの友情の強みだ。今は共に居れるから良い。だけど最近思うのだ。彼の、私とサスケの前以外での寡黙な雰囲気が、誰かに似てきていると。

「……どんなことになっても、イタチのこと大好きよ」
「蛍…?」

それは魔法の世界で黒を纏った、セブルス・スネイプ教授だった。彼はおそらく、物語の重要なキーパーソンだったのだと思う。その役処の重さから滲み出る覚悟が、私にあの言葉を言わせた。彼は私にとって先生という立場だったから、その分最短距離で心に寄り添うことは不可能だった。だけど今イタチと私は一番親しい友人だから、この手で彼を抱き締めることだって簡単にできる。

「何があっても、友達」

小指を絡めて誓う。ひどくざわつく私の勘は当たらないかもしれない。むしろ当たらない方が良い。でも最悪がいつでも起こり得る世界だから、私は後悔を残さないように常に言いたいことを告げていたい。

「私は、いつでもイタチの友人だわ」
「……ああ」

念を押すように続ける私にイタチが苦笑を零す。「何?」と首を傾げて尋ねると、「いや、」から始まる言葉が並ぶ。

「俺たちは忍者だから、秘密も多いし話せないことの方が増えるだろう」
「そうね」
「似ていると思ったんだ。話せないことを抱えて、聞かずに、それでも一番の友人だと言う。俺と蛍は、本質がきっと一緒なんだろうな」

笑う彼が不確実なことを言うことは珍しい。だけど嬉しいくらいにイタチの見解は私と一致した。

「……ソウルメイトってやつね」
「そうだな」

私たちは大切な人への接し方が多分同じなのだ。己が愛を捧げて、それだけで満足できてしまう。私は兎も角、イタチが会得するには早熟にも程がある思想だと思うが、これもうちはという特殊な家の、環境のせいだろうか。考え込む頭を切り替えるようにフッと息を抜いて立ちあげる。

「さて。明日は私別忍務だから、そろそろ帰るわ」
「俺は休みだ。サスケとうんと遊んでやろう」
「何それ自慢か!」

けらけら笑い合える日常を享受して一夜明けて、私は世界の中心に会うことになる。それは中心とは思えないほどの、哀しい哀しい存在だった。



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