中編・短編


□私の世界が終わりを迎えた日
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私の世界が終わりを迎えた日



明日、工藤くんが元の姿に戻るわ、と、年の離れた友人は言った。
本来同い年だった筈の宮野志保は、とある組織の科学者だったらしく、毒薬を開発していた。
その名もAPTX4869、彼女と彼の姿を、小学生に変えた原因だ。

「江戸川コナンくんだよね?」
「そうだけど…お姉さん、誰?」
「私、コナンくんのファンなの」
「…え?」

目の前で困惑の表情を浮かべる少年が、本当は高校生だなんて誰も信じやしないだろう。
信じられない現象なんか、起きなければよかったのに。そうすれば、変な思いだって抱かなかったのに。

「キッドキラーで有名な、眠りの小五郎の秘蔵っ子。東都タワーの爆弾解体とか、東都環状線の怪我人ゼロとか…全部、全部見てた」
「…おねーさん?」
「小さい体で、一生懸命、皆を守ろうと推理する貴方が好きだった」

ふふ、と漏れる笑いは自嘲を含んでいた。科学者というものの世界は実は狭い。顔見知りの存在だった志保が、貴方しか頼める人が居ないの、と開発研究の協力を要請してきた時、私はとても驚いた。魔法みたいな毒薬の解毒剤。私を夢から現実へと覚ますシルバーブレッド。

「…私ね、コナンくんに助けてもらったことがあるんだ」
「!」
「ふふふ、ちっちゃいのにかっこよくってさ、詐欺だなあと思ったのよ」

彼が詐欺師な訳じゃない。けれど、私の心を盗んだのは、紛れもなく江戸川コナンという少年でしかありえなかった。

「…コナンくんが、居なくなっちゃうって聞いてね、最後に会いに来たの」
「それ、どこからきいたの?おねーさん」

ああ、警戒されているのか。いや、少し違うかな。私の言っていることが嘘ではないのだと感じてくれている。だから余計に戸惑っている。彼の中の私は、沢山居る中の一人でしかないのだから。

「ふふ…私もそのお手伝いをしたんだもん、知ってるの」
「!、おねーさん、まさか」
「………ねえ工藤くん。貴方にとってその姿は仮初のものだったかもしれないけれど、少なくとも私にとっては、命の恩人で、生きる希望だったよ」

しゃがんで漸く並べる体に、私は助けられた。父も、愛する弟も失って逃げる気力を失くした私に、逃げろと、生きろとただ必死に言ってくれた。涙が出た。厳しくて、優しい貴方が、ほんとうにすきだった。それは、高校生探偵の工藤新一じゃなくて、小学一年生の江戸川コナンでしか、私の胸には響かなかっただろうから。

「本当に、ほんとうにありがとう」

私のお礼に、彼は少し表情を歪ませた。悲しいのだろうか、怒っているのだろうか。私には分からないけれど、聞いてもらえただけで本望だ。

「明日が来るのが、少し怖いの。貴方の全部が無くなってしまう訳じゃないけど…貴方にとっては元に戻った最高の日なのかもしれないけれど、それでも……だから、私が関わるのは此処までだって志保に伝えて欲しい」
「…分かったよ、おねーさん」

工藤くんは、とても優しい。正体を知る私が、コナンくんを求めているから、口調も態度も変えずに接してくれるのだろう。痛くて切ない、優しさ。

「さようなら、コナンくん。貴方に会えて、幸せでした」

泣きたくなかったから、笑って言い切って、背中を向けた。初恋のように淡くもなく、執着ほど後ろ暗くもなく。名前のつかない想いとの離別が、私にどんな結果をもたらすか分からない今、外でくらいは気を張っていたかった。──けど。

「──待って!お姉さん!」

かけられた言葉に、戸惑って振り向いた。走り寄ってくる彼は私の前に来ると、その眼鏡を外した。

「…これ、お姉さんに持ってて欲しい」
「──え?」
「僕、今日はこのまま阿笠博士の家に行くし…お姉さんが持ってるのが、一番嬉しい」
「………ど、うして?」

震える声で聞くと、彼はレンズ越しではない視線で、優しく笑ってくれた。

「僕を好きになってくれて、ありがとう」

泣きたくなかったのに、その言葉ですべてが台無しになった。嗚咽を漏らして小さな身体に縋りつく私は、無様でどうしようもない。苦しくて苦しくて仕方がないのに、背中を撫でてくれる手だけは小さくても温かかった。

「僕が居なくなっても、お姉さんには笑ってて欲しい。前を向いて、生きて行って欲しい」
「………ッ、…………うん…っ、」

子供には、重い重い気持ちだったのに、やっぱり彼の中身は高校生で、人を救う探偵だった。






私の世界が終わりを迎えた日。
それは私の光が消えて、自分の足で再び歩き始めた日だった。










***

暗い&重い話が書きたかった。
というか病み主を書こうとした。コナンくん大好き→監禁、みたいな。
でもあの子大人しく監禁されてくれないし(…)

補足というか蛇足として。
ヒロインが何の事件に巻き込まれたかは決めてないんですが、爆発系です。父と弟亡くして茫然としている時に、コナンくんと出会いました。ヒロインはブラコンだったので弟と同じくらいのコナンくんには反応出来たという。寧ろ貴方が逃げるべきでは、なんて思ったかは知りませんが、コナンくんと避難すること、コナンくんに生きろって言われたことで、弟に自分の生を肯定してもらったような気持ちになります。メキメキ活躍するコナンくんを弟と重ね合わせていた訳でもないのですが、彼女はコナンくんの記事や眠りの小五郎の事件をスクリプトし始めます。彼も頑張ってるから、私も頑張ろう、みたいな感じです。

哀ちゃんに関しては組織撲滅後、あの毒薬のことは世に出さない方がいいとの判断で解毒薬の完成品を目指していたけれど、煮詰まる。ヒロインは元々父の助手だったのですがそのまま研究を引き継ぎ科学者となっていて、コンタクトを取りました。真実を知っていたく動揺した彼女を支えたのは哀ちゃんです。この件から降りてもいいと哀ちゃんは言ったけれど、彼女自身で彼に恩返しがしたいと決めて二人で完成品を作り上げました。

コナンくんは、解毒薬の完成品に協力してくれた志保の知己がいることは知っていたけど、哀ちゃんに会わせてもらってなかったから(真実を知ってから彼女がコナンくんに向き合うのは本編が初めてのようなもので)顔は知らない。でも多分境遇とかは知ってると思う。組織撲滅後で達成感もあったし、早く高校生に戻りたいと思っていたからヒロインのような人が居ることに驚いたというか…、今までコナンとして生きていた事に、とても重みを感じるという話。

私コナンが新一に戻る時、嬉しいけどやっぱり哀しむと思う。コナンくんだいすきだから。
…だから私は声を大にして言います。工藤新一分裂しろ、と!←

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