10/10の日記

23:58
恋する遺伝子
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※ひと月遅れの工藤の日記念


女の子はませているから、初恋の平均年齢が男の子より低いという。遊びに夢中な年頃でも、複雑な心の機微に自分では名称を付けられなくても、それなりに真剣な愛情を想い人に向けている。かくいう私も、五つを迎える前に恋をした。小学校を卒業する前に物理的に引き離されてしまった私の大事な初恋の相手は、同い年の女の子。一度も誰かに話したことのない至極純粋な気持ちが少しずつ思い出に変わろうとしていた頃、彼女は再び私の前に現れた。──電波を通した、テレビの中から。

「あら?この子、貴女と同級生だった藤峰さん家の有希子ちゃんよね?」
「!、う……ん、多分そう、だね」
「凄いわねえ、昔から可愛い子だと思ってたけど、まさかテレビで見れるなんて」

声を弾ませる母の声が遠かった。幼い頃、擦れ違っただけの彼女から目が離せなくなったあの瞬間の気持ちが蘇ってそれどころじゃなかったのだ。彼女の柔らかな声、透き通った肌、美しく輝く瞳も、愛らしい仕草も、全てがあの日奪われた恋心に重なった。遠い雪の大地で、私は二度目の恋をする。もうあの頃と違って直接姿を見ることも出来ないのに、彼女の活躍を見る度心が震えた。会えない分せめて彼女に見合うだけの髪が欲しくて、手入れに時間をかけた。喜びとときめきは肌を整えたし、アクションに挑む彼女と一緒になって鍛え始めた体は引き締まった。有希ちゃんを思って綺麗になったと言われるのは嬉しかったけれど、異性に告白されても付き合おうとは思えなかった。彼女より好きな人間は、きっと現れないと心の深いところで分かっていた。

「スカウトとかされないの?」
「え?」
「告白バッサリ断ってるから心配して見てたけど、手折っちゃいけない高嶺の花って感じで神聖視されてるから。確かに纏う空気違うなーって思うし。地方から引っ張り出されるアイドルの前身ってこんなかね」
「さあ……」

大学に入り勉学の世界は広がっても、私の心の真ん中にはいつだって有希ちゃんがいて、街に行けばモデル事務所から声を掛けられることも確かにあったけれど、私は彼女と同じ舞台に上がりたいわけではなく、一方的に見詰められる今が充分幸せだった。
──全て言い訳だったと気付いたのは、藤峰有希子の突然の結婚、引退会見。頭を鈍器で殴られたような衝撃に、世界は色を亡くした。三日、食事も喉を通らず眠れなかった。私は彼女へと向けられたカメラを通してしか有希ちゃんに関われない存在で、第三者の手でしか情報も得られない。でも思うのだ。例え華やかなあの世界に立ったって、物理的に彼女の隣で笑えたって、一生一緒に居られるような、そんな確かな関係にはどう転んだって成れないのだ。私は目の前でそれを突き付けられたくなくて、彼女の側に近付くことすら思い描けなかった。臆病で、どうしようもない恋だった。
外を歩けるようになっても、ぽっかりと空いた穴がある寂しさがふとした時に襲ってくる。丁度飲めるようになったお酒へ分かりやすく逃げた私にずっとついててくれたのは、大学の友人だった。何も言わずに傍に居てくれる優しさの理由を問い掛ける余裕が出来た頃、告白を貰った。敬虔な様子で生きていた私が地に落ちて、手に入れたいって思った、なんて不思議な言い回しで口説いた彼は、私の初恋を何となく分かっていたのかもしれない。頷いた先で経験したのは卒業を待たない結婚と妊娠だったのだけれども、大らかな北のお蔭か普通に喜んでもらえたのが有難かった。
東京に就職が決まった彼が一足先に上京して、私と赤ちゃんは暫く実家にお世話になった。育児に慣れてから向かった都会は田舎とはまた違った大らかさがあって、若い夫婦な私達をそれとなく気にかけてくれたりと周囲にも恵まれた。大変なことも沢山あるけれど、忙しく幸せな日々だった。

「今日幼稚園の迎え行った時さ、女の子の集団に我が息子が囲まれてたんだけど、あれっていつも?」
「あーうん、そうね。割とよく見る光景かも」
「モテるのは良いんだけどさ、あいつ我関せずでずっと本読んでて、俺が来たの気付くと荷物纏めて『何で父さん?』だぜ?冷静!」
「顔は貴方に似たけど、性格は多分私に似たからね」

愛する息子が中心の日常は、穏やかに積み重なっていく。愛を叫ばれる割に女の子に興味を示さない彼が表情を変えたのは、小学校に通い始めて少しした頃。

「母さん」
「ん、なあに?」
「前にさ、レモン組の奴に言われたんだけど、やっぱりオレっておかしいのかな」
「…………どうしてそう思ったの?」

深刻そうな会話の切り口の割にはさっぱりした口調であった。取り敢えず作業の手を止めて少年としか呼べない幼い彼と向き合う。

「女子に囲まれても嬉しくないのはホモだって幼稚園で言ってきた奴がいて、調べたけど別に男も好きじゃないし、その時は流してたんだけど」

活字を黙々と読む彼は年の割に流暢な声で、淡々と教えてくれた。

「小学校に、なんか目で追っちゃう奴がいて。男で。…………ヘン?」

声は静かだったけれど、手はズボンを握り締めていた。私は、幼い息子が抱いた気持ちを私に打ち明けてくれたことが嬉しくて、頬が緩んだ。

「話してくれてありがとう。結論から先に言うけれど、全然変じゃないわ」
「……ホント?」
「目で追っちゃうのは気になるからよね。誰もがやることだし、変じゃない。それがどんな理由からか、分からなくてもやもやするなら、分かるまで待ってていいの」

心なしかホッとした様子の彼に、内緒話をするように声を潜めた。

「お母さんの初恋はね、同い年の女の子だったわ」
「!」
「“みんな”と一緒じゃなくても、好きな気持ちは一緒だと思うの。だからね、同性に恋をしたって、自分が変だって思う必要はないのよ」

ただ、恋心は繊細なものだから、第三者に傷付けられないように守ってあげることも大事なことよ、と付け加えた私に神妙に頷いた賢い息子は、ハッとしてから「……まだ好きだって決まったわけじゃない」と唇を尖らせたけれど、柔らかなほっぺたがほんのり色付いた様子を見るに自覚するのも時間の問題に思えた。見守るだけに徹しようと決めた彼の初恋の相手が私の初恋の相手の息子だということを知り、よもや彼女の遺伝子に恋するようプログラムされているのでは、とゲノムを疑うのはそれから一年も経たないうちであった。



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きっと新ちゃんは息子が落としてくれる()
遅刻したけど工藤の日用に書いていた有希子さん夢です。オリキャラと結婚しようが息子を産もうがこれは有希子さん夢と言い張る

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