散る前に。私のこの手で咲いておくれ・・・

□呑みこんだ言の刃・上
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艶(つや)やかな長い髪が背に広がり、着物から白く艶(なま)めかしい肌が伸びる。
リクオの腕に縋るように手をやり、しな垂れかかるように身を添わす女。
「リクオ様」と紡ぐ声色は甘く、その唇は艶(あで)やかな紅で染まっていた。

肉感的な美女に絡まれる情人。
そんな光景を見て、鴆の足は歩みを忘れ、声帯はリクオの名(音)に震えなかった。
台所を任されている毛倡妓は、本家の酒宴においても矢張り、給仕にかかりきりになってしまうのが常である。
その毛倡妓が、珍しく自らも混じって杯を干し、またリクオに酒を注いでいる。
リクオと毛倡妓。距離が近いからといって、ふたりの関係を知るから、邪推もなにもない。腹が立つなど、あるはずがなく・・・

男と女。
しっくりと合う。
ただ。納得がいってしまうのは、己が自然に逆らうからだろう。
不自然を自覚しているからこその罪悪感が、『お前は相応しくない』と囁くようだ。リクオが睨みをきかせているのか、面と向かってそう言う者はいないけれど。

誰よりも、分かっている。

鴆は竦む足を叱咤し、リクオと毛倡妓に背を向けた。
「おい、鴆」
誰にも見咎められぬまま、いっそ初めから居なかった、本家には来なかったことにしてしまえばいいと。
「お・・・おう」
しかし、思惑どおりにはいかない。
まるで鴆の考えを読んだかのようにリクオに声をかけられ、鴆はリクオと向き合った。
リクオを視界にいれれば、自然、理無い仲でもあるように寄り添う毛倡妓も、視界にはいる。見つかった以上、帰るわけにもいくまい。と、鴆は胸の痛みを無視して笑って見せた。
「遅いじゃねえか」
「わりぃ」
「さぁさ。リクオ様がお待ちですよ」
毛倡妓が鴆を促すようにリクオの隣を空けるが、鴆の足は動かない。鴆に焦れたのか、それとも毛倡妓の揶揄を含んだような一言が気に障ったのか。
「おい、毛倡妓」
「はいはい」
肩を竦める毛倡妓を一瞥し、リクオは鴆の手を引き、酒宴をあとにする。

「いいのかよ」
毛倡妓に対する配慮のような、退席にあがる声に対する配慮のような鴆のそれに。
「構わねぇよ」
リクオは、鴆の真意を知って、答えたのだろうか。

手を引かれ、向かうのはリクオの部屋なのだろう。ぺたりぺたりと、ふたりぶんの足音が廊下に響く。
仄白い月光だけが光源。闇に静かに降り注ぐ月光が、リクオの背に流れる銀髪を、青みがかって輝かせる。リクオの歩みで揺れる銀の光は、瞬くあたかも蛍のようであった。
人にはおぼつかない光も、妖の目には、いささか眩しい。目の前で光る銀髪に、一瞬、目が眩む。

「よかったのかよ」

鴆は再び問うた。
「何が」
毛倡妓に対する配慮のようで、退席にあがる声に対する配慮のようで。
「だからよ・・・」
その先が続かない。リクオは答えぬ鴆を急かすでもなく、問い詰めるでもなく、無言のまま手を引く。

鴆がリクオに問うているのは、もっと別のことだ。けれど、正直に告げることなどできはしない。
もし、リクオとの関係が真っ当なものでしかなかったら、単純に。リクオが鴆を優先させたのを喜べたはずだった。
それができないのは・・・
 

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