散る前に。私のこの手で咲いておくれ・・・

□呑みこんだ言の刃・下
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酒気を帯びた喧騒は遠ざかり、どちらも言葉を放たぬまま。一定の調子で、止まらぬ足音があるだけまだ、救われる。
沈黙に居心地の悪さを感じるのは、後ろめたさに苛まれる鴆だけだろうか。

手を引かれながら、発することのできぬ言葉をリクオの背に問う。
鴆が心で問いかけたのは。

『鴆(オレ)でいいのか?』

男と女。それが自然の理だ。抗ってみて得られるものなど、ないに等しい。
報いがないのは当然の罰で。
リクオがいる・・・鴆はそれだけで満足できるが、果たしてリクオはどうだろうか。リクオの意志であり、リクオに覚悟があったとしても。結局は、リクオに強いてしまう。
鴆には、女であったら喜んで捧げたろうもの何ひとつ、リクオに与えられない。鴆以外に、リクオにあげられるものはないのだ。

『鴆(オレ)でいいのか?』

己に問う。
もがいてあがいて、それでも何も変わらぬ。変えられぬ。けれど尚続けるのは、正しいからといって、従いたくはないからだ。
月を浴びたリクオの放つ銀の光が、揺れ、瞬く。刹那の光は、責めるたてるように、鴆の目を焼いた。

どちらも沈黙を破らぬままリクオの部屋に着き、腰を下ろしたリクオに指先で招かれ、鴆は向かい合わせに膝をついた。
「リクオ様。失礼します」
毛倡妓の声がかかったのと、リクオの手が鴆に伸びたのと、それは一緒だった。
焚きしめられた香に、包まれる。体温で立ち昇る香を、吸い込む。
「むぐ」
批難するつもりの鴆の声がくぐもった音にしかならないのは、リクオが鴆の顔を肩に押し付けたからだ。
リクオの着物に染みる香に溺れる。リクオの腕の中、逃れんとする鴆は、真実溺れているようにも見える。
どうやってみても拘束する力は緩まず。障子を引く音に、鴆の身は強張った。
「まぁ。仲がよろしいこと」
「いい加減にしろ、毛倡妓」
「あらあら。一寸からかったつもりでしたのに・・・焚きつけてしまったかしら」
「毛倡妓!!」
「はいはい。分かってますよ。
 では、鴆様・・・ごゆっくり」
鴆の、着物から覗く華奢な首筋が、髪から覗く柔かな耳朶が、鮮やかに色づき。匂い立つ色香が、リクオの瞳に炎(ひ)をつけたのは。
宿り木の如く絡みあうふたりしか知らぬこと。
笑いながら障子に手をかけた毛倡妓が、目にすることはなかった。

毛倡妓の気配が遠ざかり、鴆はリクオに身を任せていた。欲に煙ったその双眸を前に、拒むことなどできはしない。
一体何がリクオを惑わせたのか。先程毛倡妓が置いていったのであろう膳は追いやられ、リクオは鴆を組み敷く。
否やはない。
が、だからといって、毛倡妓に見られた羞恥を忘却しリクオに没頭するなど。簡単に気持ちを切り替えられるわけでもない。
鴆が横目でちらと見れば、酒と肴がのっている。元々は酒をやる気だったのなら。
「抜けてもよかったのかよ」
「あんなん、本家じゃぁいつものことだろぉが。
 宴なんて名ばかりよ。あいつらは何かと理由をつけて酒が飲めりゃあ、それでいいのさ。
 オレが主役でもあるめぇ。構わねぇよ」
鴆は首筋を吸われ、息を飲んだ。
「でもよ」
リクオがその気であれば、することなどひとつしかないのに。押し倒され、尚も言葉を続ける鴆の、悪あがきにか。リクオは鼻で笑う。
「お前ぇが来て早々にあんな目で見るからだろ」
「あん?」
リクオの手が鴆の頬を滑り、リクオの髪が鴆の肌の上を流れる。擽ったさに零れる吐息ごと唇を食まれ、鴆の腰に痺れが走った。

「オレが恋しい、狂おしいってな。
 毛倡妓はオレを男だなんて思っちゃあいねぇよ。
 なぁ。オレが毛倡妓にべたべた触られて・・・妬いたのかよ」
唇に言葉が落ちる。鴆の唇をリクオの唇が震わす。ただ唇を触れ合わせるだけにも、腰に熱が籠る。
鴆は身を捩り、リクオの唇から逃れるも、その瞳からは逃れられない。
「なっ!ち、違げぇ・・・」
リクオの炎(ひ)は、鴆をも熱くする。
「鴆、オレは・・・時と場合によっちゃあ、てめぇを一等にできないこともある」
内側で燻るそれは、腰に重く溜まる。
「だからって、始終、お前ぇが遠慮することも我慢することもねぇ。
 そんなんじゃぁねぇだろ?オレ達ぁ。
 自分に嘘をついて得たものに、価値があんのかぃ?
 てめーは考え過ぎだ。後ろ暗いことなんて何にもねぇよ。
 オレが選び、欲するのはお前ぇだ、鴆。だから堂々としてろ」
リクオは、鴆の真意を知って、そう言うのだろうか。
「・・・・・・」
「てめーは。
 オレがお前ぇを想う程、オレを想っちゃあくれねぇのか?」
「リクオ・・・」
鴆は手を伸ばしリクオの背を抱く。擦り寄ったふたりの髪が混じり、障子越しの淡い月明りに鈍く発光した。
重なった影が畳の上に広がり、闇の色に近づく。影を敷いた、淡い色彩を纏う鴆を、引きたてるように。
奪った唇に、リクオは注ぐ。


『そんな寂しいこと言ってくれるな』


喉にするりと流れるリクオの言の葉。
リクオを想うなら・・・鴆は己の声を聞かぬふりをした。
目を耳を塞ぎ、口を閉ざすことを、リクオが望む限り・・・リクオを譲りたくない・・・鴆の望みでもあるのだから。何度だって、愚かな間違いを繰り返すだろう。

『鴆(オレ)でいいのか?』

リクオに向けることなかった言の刃も呑みこむ。
この痛みはどこからくるのか。見えぬ刃が、喉を傷つけたとでも?
ごく。鴆の喉が鳴った。

喉の奥で・・・血の味がした。
 

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