散る前に。私のこの手で咲いておくれ・・・

□衝動
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たとえば・・・自分を含め一般的に正しいと信じられていることに、疑問を抱き、また抵抗を覚えることは、誰しもあるのかもしれない。

逆らってしまいたい。

誘惑は大概甘く、逆らい難い。強く訴えかけられれば、そんな衝動に駆られる瞬間は、自ずと訪れるものだろう。
リクオはどこか冷静にそう考えていた。否。冷静でないから、冷静であろうとして、そう思い巡らせたのかもしれない。

切れたリクオの指に、うっすらと血が滲んだ。
「意外と鈍くせぇなぁ」
すましていれば相応だというのに、相好を崩すと途端、少年のように見える。鴆はそんな具合に笑って見せ、リクオの指を躊躇いなく口に含んだ。
主と敬いながら、同時に弟のようにリクオを扱い、世話をやく鴆には、全く違和感のないことなのかもしれない。
けれど、リクオにとっては違う。
幼い頃は、母や父がしてくれたかもしれない、といったような程度で。記憶にある分には、こうして他人に傷を舐められる・・・されなくなって久しい。

鴆の顔が近い。
その造作を間近で見て。リクオの鼓動が跳ねた。
影の落ちる伏し目がちな鴆の顔に注視してしまったリクオは舌打ちをしてしまいたかった。
女性に対して感じるべき感情のようなものを。一瞬でも鴆に抱いてしまったような気がして、リクオは慌て、目を逸らす。
けれど今度は、指の感覚・・・鴆の唇、舌、ぬかるんで温かい鴆の口腔に集中してしまう。
感情よりもっと単純で、だからこそ抑圧できぬ欲求で、リクオの背筋が痺れる。

意志で制御できぬ鼓動が、嘲笑うように跳ね続ける。
これではまるで、リクオの感情も欲求も真実だと、身を以て証明してしまったようではないか。
「深く切れてねぇな。この程度なら放っておいたってすぐに治るだろうよ」
そう言って気持ちよく笑う鴆の、胸元から伸びるすらりとした首。鳥の妖怪だけあって、その首のしなやかな美しさはリクオの衝動を後押しする。
リクオは喉を鳴らし、腹いせに噛みついてやろうか?と思い。
マトモではないと気付き、己を疑った・・・

たとえば・・・己を根底から覆すような・・・こんな瞬間に。
甘い誘惑に逆らわないことを選んだなら・・・


これがだというのなら
  なんてものは
        狂ってる
 

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