散る前に。私のこの手で咲いておくれ・・・

□贈りもの・下
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りりりりり・・・小さな虫の声を、鴆は目を閉じて聞いた。
先日の雨も上がり、気候がやっと暦に追いつく。残暑の去った秋は、日中も過ごしやすい。
しかし、その季節の移ろいは、やがて来る冬を予感させ。夜ともなれば、肌が寒さを訴える。
鴆は雨戸を開け放した縁側の、冷えた外気に晒され、与えられる温もりに埋まった。

リクオの足の間に腰を落ちつけた鴆に、リクオが鴆の肩に頭を擦りつけ纏わりつく。
じゃれる大きな犬のようだ。鴆は声に出さず、口元を緩めて笑う。
背後から鴆を抱くリクオに凭れれば、温もりは緩く鴆を包むが、投げ出した足はそうもいかない。
夜気で冷えた板敷きに、ただでさえ冷えやすい末端の体温は奪われている。
鴆は正座を崩した己の足に手を伸ばし、血色の悪くなった肌を摩った。
煌々たる夜空の輝きが、ふたりを照らし。視界の隅で、リクオの髪を光らせた。
長いリクオの銀髪が、鴆の頬を。たばこが混じったリクオの香が、鴆の鼻を。擽る。
けれど、不快であるはずはなかった。鴆はリクオの頭に頬を寄せ、顔を埋める。
鴆が弱い妖怪でまた女だから大切に扱おうとしているのか。意外と子供らしさを残すリクオを甘やかしているのか。これはどちらなのだろう。
鴆の思う、義兄弟にしては随分と甘やかな触れ方と、主従にしては随分と近しい距離は。
「ぜん・・・」
耳元で、リクオが囁く。

「オレは」
真摯な声と、なによりこんなにも近くで顔をあげたリクオの眼が。鴆を硬直させる。
「・・・もっと・・・望んじゃあいけねぇか?」
注がれる眼差しは、リクオのものではない。多分に色と欲を含んだ、鴆に男と意識させるものだった。
重ねられる手に身を竦め、思わず手を引く。
鴆の動揺が伝わったのか、リクオはふっと息を洩らし、柔らかく笑って見せた。
リクオの手が、鴆の手があった箇所を摩る。手を引かなければ、今でもそうしていたように。
鴆の足を、今度はリクオの手が摩る。足の指、足の裏、足の甲。冷えた肌にリクオが熱を移してゆく。
他人に触れられる違和感と、触れ方から透けてみえるリクオの想いに、足の指がくるりと丸まった。
「なぁ、鴆。お前ぇは・・・オレが好きだろう?」
今も昔も、きっとこの先も。この男に惹かれ、惚れ続けるのだろう。義兄弟で主従だから。
鴆の真実だった。
それなのに、今。肯定することが難しい。
「なんでぇ・・・
 急に、どうしたよ?」
答えられない。昔から抱いてきた情、そして尊敬や憧れ。それだけの、はずなのに。
鴆ははぐらかし、回避する。

分からぬ、フリをした。
応えられない。リクオが望んでいるのは、鴆がずっと示してきたような模範的言動ではないのだ。
「分かってんだろ?」
番頭が名付けた、鴆の思い。『恋』という言葉が、鴆を戸惑わせる。
数日前まで揺らがなかった信念を返して、何もなかったように誤魔化して。独りで抱えて・・・後悔は、しないのか。
けれど、特定の異性に与えるような情で、リクオを想ってはいけないのだ。
リクオに恋なんてしない。なぜなら・・・
「何を、考えてる?」
己にすら見えぬ靄のかかった真実。リクオの声に、巡っていた思考が途切れる。
暴こうとするリクオに、鴆は怯えるのに、くるぶしを丸くなぞるリクオの指に、鴆は縋る。
リクオにその手を握られ、やはり怯えてしまうのに。逃げてしまいたいのに。
仰いだリクオの瞳に映る鴆の顔は、迷い子のように、リクオに縋っていた。
「鴆」
追求に口を堅く閉ざし、顔を背け視線を避けた。
「何を、考えてる?」
「っ・・・」
言葉につかえてしまうのは、本当は、リクオと同じ気持ちだからか。リクオが望む情を、返したいからなのか。
「答えろ、鴆」
詰問よりも、命ずるが、容易いと思ったのか。
主従を重んじる鴆に、リクオの命に逆らうなど・・・リクオのそれは、確かに功を成した。
その先を考えてはいけない。鴆の禁忌に。

鴆は、答えを出したのだから。

続く・・・
 

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