散る前に。私のこの手で咲いておくれ・・・

□悪戯? それとも? ・上
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空に浮かぶは欠けた月・・・
倣うかの如く、リクオの目が細くなる。リクオは重くなる瞼に逆らい、今にも閉じそうな目を辛うじて開けていた。
数時間前まで学校に居たリクオは、週末や連休でもないのだから、数時間後にはまた学校に戻るのだろう。
忙しいからこそ合間を縫って、顔を見せに来てくれるのは嬉しい。けれど、無理を強いてまで、とは思わない。
リクオの手から零れそうな杯を取り上げ、たいして手のつけられていない膳を遠ざけ。疲れているのなら無理をするなと。己の部屋に布団を敷き、リクオを寝かせてやったのは、鴆だ。
しかし、月光に映えるリクオを見て、なんだかもやもやとしたものが湧き上がる。偶(たま)さかの逢瀬を愉しんだはずなのに、何がいけなかったのか。
眠ってしまったリクオに腹を立てているのだろうか。己はそんなに狭量だったか。そのもやもやを消化しきれず、眠りにつくことができない。
正体が分からず、鴆は寝返りを打ち、隣で眠るリクオを見た。

夜気が入りこまぬよう、きっちりと閉めたはずの障子が開いている。ほんの僅か、隙間をつくって。そこから入る光が、一筋真っ直ぐ伸びていた。
陽や灯とは違う、硬質な白金に似た輝きが、闇にリクオを浮かび上がらせる。リクオの意識は、とっくに闇に深く落ちているのに。
他に音はなく、リクオの規則正しい呼吸だけが聴こえる。ふたりだけ取り残されたような、錯覚を覚えた。
散らばる銀糸や、月光に染まった肌、その顔の造作。薄明かりでも、十分だった。妖怪は夜目が効く。薄く開いた唇、上下する喉仏、鎖骨にできる影。細かなところまではっきりと見てとれた。
どこか官能的に映り、鴆の手は誘われるように、畳を這って伸びる。けれど、畳の感触ばかりで、本当に望むものには届きそうで、届かない。
鴆は起きあがり、リクオに覆い被さった。リクオの顔の横に手をついて、呼吸を肌で感じるまで顔を近づける。生半可に纏った羽織は闇の中に落ち。
唇。喉仏。鎖骨。視線で、触れる。
かっ・・・と体温が上り。鴆は渇えた身を潤すように、喉を鳴らし、唇を舐めた。

リクオが起きるのを待ち焦がれている。吐き出さねば渇える、満足できない。矛盾しているようなそれが、眠りをとおざけるものの正体だ。
浅はかな己を恥じるも、一度ついた火を消せるのは、リクオだけなのだから。選択の余地はない。
「リクオ」
吐息混じりの声で呼べば、リクオの眼球が瞼の下で動いたように見える。鴆はリクオの髪を指先に絡め、唇をリクオの耳元に寄せた。
「リクオ」
もう一度、吐息混じりの声を吐き、今度は唇で、触れる。一筋、リクオに伸びた光は、鴆の影に呑まれた。
リクオの唇を湿らせ、喉仏を舌でなぞり、鎖骨を吸う。熱い吐息がリクオの肌に落ちる。鴆は、リクオの首筋に顔を埋め、肌を吸った。
気は昂るばかりで収まらず・・・小さく唸ったリクオは、まだ瞼を閉じている。

鴆は濡れた唇をリクオの肌に押し付け、印を散らした首筋に、強く噛み付いた。
「つっ・・・!!
 鴆、てめー。何してんだ」
剣呑な声は寝起きで掠れ、完全には覚醒していない。しかし今更、躊躇もなかった。
寝かせてやりたい気持ちと、火照りだした身体と。どちらを優先させるかなど、リクオに声をかけた時点で決まっている。
眠りを妨げられ不機嫌なリクオに悪ぃ。と小さく謝罪し、リクオの布団に潜り込む。布団に籠った熱が、鼓動を一段と早くした。
「ちょっっと。悪戯しただけだろうが」
「はあ?」
「だってお前ぇ・・・起きねぇから」
「へぇ・・・?」
唇を尖らせ白状したところで、リクオの声の質が変わる。リクオの腿が鴆の足の付け根に触れ、悟ったのだろう。形をなぞるようにゆるりと動く。
笑うのは、リクオだろうか。それとも月だろうか。空に浮かぶ欠けた月は、黒地に金色の目を細めて・・・まるで黒猫が笑っているように見える。
鴆は目元を染め、涙で潤む瞳にリクオを映す。
リクオの目もまた、猫のように月のように、細くなっていた。
 

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