散る前に。私のこの手で咲いておくれ・・・

□ごっこ遊び・下
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まるでままごとのようだ。鴆は思う。
鴆にとってリクオは、顔を合わせることも叶わなかった数年の間も変わらず、義兄弟で主であった。
鴆がそうしてきたようにリクオもまた、鴆とリクオの関係を浸透させていれば、こんな間違いは起こらなかったろう。
リクオを敬う側近とも、リクオを軽んじる幹部とも違う、鴆。
誰とも違うのは当たり前だ。何せ、鴆は生まれた時から、リクオのものになると決まっていたし、また己の意志で、そうあろうと決めたのだ。
弟のように可愛がれば、愛着もわく。己の主だからといって側近のような遠慮はいらない。幹部だからといって傍観者を決め込むつもりはない。
鴆だから、リクオを甘やかしてやれる。鴆だから、リクオを叱ってやれる。鴆だから、リクオを庇ってやれる。鴆だから・・・
他の誰もしないことをしてやれる。
リクオは早く、義兄弟だ、下僕だと、鴆の配役を固めてしまえばよかったのだ。それが正しいのだから。
それなのに、『鴆』のままでいたから。

恋だとか愛だとか。感情は容易にひっくり返る。或いは時が経てば褪せる。
今の「絶対」を信じられるほど、純粋な子供。見た目ばかり大きくなって、けれどまだ。ものを知らない子供なのだ、リクオは。
そんな子供からしたら、鴆がリクオに向ける愛情がそうだと、勘違いしても仕方ないのかもしれない。リクオが鴆を思う気持ちがそうだと、錯覚しても仕方ないのかもしれない。
恋と思い込めば、それは恋になる。きっと、ただそれだけのことなのだ。

ままごとみたいな恋の真似事。性質の悪い遊び。

だからきっと。リクオの「好き」は、変わっていない。照れもなく互いに「好き」だと言いあえた、昔と違いはないのだ。
リクオの下に組み敷かれているような状況で。だから鴆は、軽薄にも聞こえる言葉で告げられた。
「遊びってなら・・・まぁ・・・」
「本気じゃねぇなら、いいのかよ」
月を浴びた虹彩は、どこまでも妖しく美しく。この子供は無自覚の癖に、妙な色気を振りまいていけない。
そんな双眸に覗きこまれたら、鴆までも思い込んでしまいそうだ。これが、恋だと。
これが恋なはずがない。リクオも鴆も。
「本気じゃあ・・・
 このオレと。どうやって子を成すんだい?3代目?
 遊びってなら、まだ付き合いようもあらぁ。
 ・・・本気は。性質が悪ぃな」
本気に応えるには意地の悪い言葉に、リクオの力が緩む。鴆はリクオの手を振り払い、圧し掛かるリクオの襟元を掴んだ。
リクオが欲しいのは、失ってしまった父の愛情に似たものなのか、端からいなかった兄の愛情に似たものなのか。
欲しがるのなら、くれてやる。ごっこ遊びと嘲笑われようが、いくらでもつきあってやれる。
けれど、リクオが望んでいると信じこんでいるものは、鴆が与えられるのとは異質の愛情だ。それはいけない。
子を成すような行為を、知らぬ年頃でもあるまい。そんなことをしたいのか、と問う。したくはないだろう、と問う。
リクオの本気が恋ではないと。鴆はリクオを引き寄せ、挑む様に目を合わせた。
「へぇ。遊びってやつなら・・・どうしてくれんだぃ、鴆」
鴆ですら見惚れてしまう美貌に、眦を鋭くする。鴆まで流されてはいけない。恋愛なんて思い違いの塊みたいなものだから。
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