散る前に。私のこの手で咲いておくれ・・・

□ごっこ遊び・上
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昼間はまだ涼しいとは言えないが、それでも夜になれば暑さがやわらぎ、過ごしやすい季節になった。
日の暮れは早まり、夜が長くなる。
夏の蝉は鳴りをひそめ、夜のしじまに響く虫の声が、季節の移ろいを思わせる。
秋の夜長に、月は澄み切って見える。
月や星を賞でるに、秋は一番いい季節らしい。

直接月を見るのではなく、掌の上の月を楽しむ。
月を己の杯に浮かべ、月ごと酒を干す贅沢をやっていた時だ。
「月、消えちまった」
呟いた鴆につられたようにリクオが空を見上げれば、言葉通り月は消えていた。
あるはずの月は、いつの間にか雲に隠れ見つからない。
「そこにある。
 ただ見えねぇだけだ」
鴆には、尚も空を仰ぐリクオの視線の先に何があるのか、知れなかった。
古くから歌に詠まれるように、月に物思うこころは変わらぬものかもしれない。リクオにとっても・・・
小さなリクオの声を拾った鴆は、敢えて応えを返すことはしなかった。

飾られたすすきが揺れる。酒で火照った頬に、冷えた風が心地よい。
月が見えないながらもなんとなく、ほの明るい風情に、リクオの姿が揺らいだ。
みなもにうつるつきのように。
目を見張った鴆は手を伸ばし、リクオに触れた・・・と思った。
しかしリクオは、鴆の指先で波紋を立て、消えてしまう。爪すらリクオに届かなかった。
「リクオ?」
夢幻でも見たかのように、鴆は瞬きをし。リクオの姿を探す。
目の前が陽炎の如く揺らぎ、羽模様を染め抜いた羽織が、鴆の肩から落ちた。
鴆は縋るように羽織を掴み。
杯が。鴆の手から零れた。
 

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