散る前に。私のこの手で咲いておくれ・・・

□指の先までの
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リクオにとって鴆の手は特別だった。

たとえば鴆がリクオの頭を撫でた時。リクオの手をとった時。母のようなたおやかさには欠け、けれど父ほどしたたかでもなく。祖父や、組の幹部、側近の誰とも違う、特別な何かを感じていた。
けれど・・・その当時、特別に名をつける事はできなかった。母も父も祖父も。幹部も側近も。
『すき』。鴆もそのひとり。

鴆の手は心地よいものだった。鴆は特別。
リクオは幼い頃から、そう思っていた。

鴆の指に傷があるのを、リクオの目は捕えた。鴆を含め誰もが、手当てもせず放置するような浅い切り傷。
リクオは鴆の手首を掴み口元へ引き寄せる。指を口に含むと癒すかのように、皮膚が裂けた指先に舌を這わせた。

指一本ですら狂おしい。傷一つですら狂おしい。リクオが鴆に求めるものは、常軌を逸する。

睡魔に身を任せようとしていた鴆の意識が、リクオに戻ってくる。
水音を立てしゃぶると、鴆の目がうっすらと開いた。覗いた瞳がリクオを認識していることを確認して。リクオは含み舐っていた指先に、歯をあてた。
開いた鴆の傷口を、リクオは舌でなぞる。肉は切れていない、薄皮一枚程の、血すらながれなかったであろう切り傷。

指先は過敏だ。リクオが与える僅かな刺激にさえ、鴆は震え。鴆の喉仏が動いて、唇の合間から「リクオ」何かを乞うように漏らした。
リクオは咥えた指を、引き抜いた。
「物欲しげに見える」
そう言うリクオの方が、ずっと。余裕がない。
鴆の唇から、鴆の双眸から、匂い立つようにリクオを誘うのは。花のように芳香を放つわけでもないのに、リクオは吸い寄せられる。

リクオは鴆の手に手を重ねた。表面を撫で、指と指とを絡ませる。果実のように甘味であるはずがないのに、リクオに唾液が溢れる。
欲のまま、リクオは鴆の肌を抱く。手と同じようにさらりとした素肌は心地よく、またそれ以上だ。

鴆の指の感触を、鴆の舌の感触で塗りつぶした。唇を合わせ深く口づける。リクオの舌が鴆の奥まで入ると、鴆の白い咽喉が仰け反った。
「ふっ・・・どっちが」
口づけの合間に鴆は鼻で笑う。挑発するように細めた瞳が扇情的だ。
鴆はリクオに拘束されていない方の手を伸ばし、リクオの背に縋り爪を立てる。背には鴆を鬼纏った証の鴆の文様と、鴆の男である証の鴆の爪痕。

心の底からの愉悦で・・・リクオは鴆を押し倒し、鴆の寝巻を乱した。
年下の男相手に組み敷かれる鴆を、いっそ皆に見せつけてやりたい半面、己の部屋に囲い独り占めしていたいと・・・

少し前のリクオであったなら、病的で異常だと嫌厭し理解できなかったろう考えを。今は。
身を預けてくる淡い色の肢体を攻めたて、ひらき、ぶつける。


指の先までの
       執着。


リクオにとって鴆の手は特別だった。鴆に特別な何かを感じていた。
けれど・・・幼いリクオは、淡い感情しか知らなかった。
『すき』。鴆が『好き』。
名付けてみれば随分と簡単な一言の重みを知る由もなかった。

特別なのは鴆の手じゃない。鴆を想う、リクオの気持ちの方が、特別だったのだ。

鴆が特別なのは・・・リクオが鴆を好きだったから。
きっとずっと・・・リクオは鴆が好きだった。きっとずっと・・・リクオは鴆に初恋をしている。
そしていつからか。リクオは鴆を。
 

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