散る前に。私のこの手で咲いておくれ・・・

□綺麗な鴆くんは好きですか?
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テイク3
今宵、三度目の正直となるのか、船屋形の屋根の上で。
鴆は気風よく上半身を露わにし、羽を広げた。

羽を広げるというより、背から羽が生えるといった方が正しいか。
滑らかな背から生まれる薄い羽根が、一枚二枚・・・やがて幾重にも重なり。夜空に一対の華を咲かせる。
鴆の背から天に向かって伸びるのは、能力で背に負う実態の伴わぬ羽。
縮んだ羽を広げ、空に飛び立つその前の、刹那。蝶の羽化を思わせるような神秘的な光景に、知らぬ間に息を詰めていた者は、ほう・・・と長く息を吐き出した。
鴆が美しい鳥であると謳われる、これが所以かと。優雅に畏れを纏う鴆に、誰もが魅入っていた。
夜空を透かして見せ淡く発色する羽は、月光にすら染まる仄白い肌をもつ鴆によく似合っている。
羽の輪郭が揺らぐのは、風の所為ではない。たゆたう雲やはたまた、立ち昇る陽炎と同じく掴めぬもの。鴆の畏れ、妖気であるからだろう。
たとえば自然だとか・・・支配の及ばぬ領域に対する羨望や畏怖、尊崇に近似する感動に。場がのまれた。

神経が通うこともないのに、不思議と感覚はあって。羽で受ける風の心地よさに、薄い唇は弧を描いた。
どくり。鼓動を跳ね上げたリクオは、鴆に囚われる。
闇に沈んだ色の髪が風に乱され。細められた眼差しに影が落ち。舌が紅を乗せるようにして、唇を濡らす。
今のリクオには、鴆の何気ない仕草何もかもが色を含んで見えてしまう。
「いくぜ、リクオ」
逸れた一枚の羽根が、ひらりひらり。宙を舞う。やがて闇との境界を無くし・・・鴆は瓦を蹴った。
天から降る鴆を、この世のものだと。誰が思ったろう。
一羽の鳥が、月の如く夜空に浮かび上がり。広げた羽が、味気ない夜空に玉虫色の彩りをそえる。
絶えず色も形も変える数多の、蜃気楼とオーロラを同時に見ているような、幻想的な羽根。
時間にすれば、一瞬であった。
空を掻き乱し羽ばたいた名残り、散った羽根が、蝶のように踊り、蛍のように灯しては宙に消えてゆく。

腕を伸ばすリクオに、まだ舞い足りぬと。鳥は羽で風を操り、身を浮かせる。
「もうちょっと。いいだろ?」
しかし鳥が再び、飛ぶことはなかった。
「いいわけねぇだろ」
リクオが鴆の腕を掴み、強く引き寄せ、そうして腰を抱いたから。
籠で囲った鳥。鴆の身体は確かに腕の中であるのに。消えぬ羽が、空を恋しがるのか小さく風をきる。
天女の羽衣が如くたなびくそれを、毟り取ってしまえば・・・鳥は、地に繋がれることを享受するのか。リクオは忌々しげに舌うちし。
枷(リクオ)を拒む羽に。手を、触れるかと思われた瞬間。
「リクオっ!!」
鴆の畏れは大きく揺らぎ、リクオの手を避け、鴆の身の中に還ってゆく。あと少し・・・指の先で、逃げられた。
掴んだ拳は、毒に侵されてはいまいかと慌てる鴆によって開かされる。リクオの掌には、何もない。何も掴んではいない、捕えられなかったのだから。
しかし、手を開いてできた空白を埋めるように、リクオの掌に鴆の意志で鴆の手が重ねられる。
「触んなって。毒バネだぜ」
ようやく地に足を着けた鴆を、リクオはかき抱き、その肩に顔を埋める。
音もなく、鴆の後を追って降る羽根が。リクオの肩で淡雪のように・・・儚く溶けた。

続く・・・
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