散る前に。私のこの手で咲いておくれ・・・

□空から降ってくるのは××と相場が決まっている
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空から降って来たのは、毒・・・ではなく傷薬と・・・
「それで終い!!
 これ以上味方同士の傷にゃ つける薬は
 この鴆 もちあわせてねーんだぜ!!」
京都に着く前に危うく船を大破しかけた、首無とイタクを止めた功労者の鴆である。

常州の弦殺師を名乗った首無と、意図的に姿形を獣としたイタクとが、本気モードでぶつかっていたのだ。奴良組・遠野の精鋭がそろった船上であるが、力技でもこの真剣勝負、止められる者などそうはいない。
それをいとも簡単に収拾したのだから・・・褒められて然るべきところだろう。

しかしリクオは、鴆の後頭部に拳を落とした。
「鴆、分かってねぇ」
「痛てぇ・・・ああ?」
『ああ?』の表記は、濁点をつける必要があると思われる。つまりは、かなりドスが効いている。
殴られた後頭部に手をやり、リクオを振り返った鴆の顔は流石、任侠の世界に生きる漢といった感じ。最っ高〜に凶悪だ。
「てめぇは・・・何も分かってねぇな。鴆よ」
けれど、そこはリクオ。
妖怪すらもビビらせる態の鴆だが、この程度、こわくもなんともない。
ゴゴゴ・・・と地響きか雷か、とにかくなんかよろしくない感じの効果音を携えたリクオが、痛みのあまりしゃがみこんでしまった鴆を見下ろす。
鴆の感情の振り切りは、0か100。そんな具合に酷く極端なので、鴆につきあっていれば、こんなの割と『いつものこと』だ。鴆の剣幕に、いちいち怯んでなどいられない。
まぁ・・・百鬼を率い、その先頭を歩こうっていう男が、鴆如きにビビってちゃあお話にならないけれど。

「ここは、こう・・・
 次の話のつららみてぇに、オレの元に降りてこいよ!!」

紅い双眸が、それこそ地獄の業火の如く燃え、鴆を射抜く。
若干、瞳孔が開いている気がするその瞳がこわい・・・とか、うっかりリクオの顔を拝んでしまった妖怪連中が抱いたであろう感想を、鴆は抱かなかった。それどころではなかったので。
これほどリクオが理解できないのは、リクオが『お爺ちゃんの後なんか継がないよ』などと可愛くも憎らしく言ってのけていた、あの頃以来である。
・・・鴆、混乱しすぎで脳がフリーズ。
「はぁ?」
「空から降ってくるのはヒロインと相場が決まってんだ!
 そして落ちてきたヒロインは、主人公の腕の中に収まるもんだ!!
 お前ぇにはヒロインの自覚が足りねぇ・・・
 ちょっとはつららを見習え!!」
リクオは鴆の背後から正面にまわり、未だ蹲っている鴆に手を伸ばした。
「てめー、リクオ。誰がヒロインだぁ・・・?」
首を伸ばしリクオを見上げるのに疲れたのかもしれない。鴆はリクオの発言には食ってかかるが、その手を拒絶することはなく、素直に手を重ねる。
手を差し伸べるリクオ。その手をとる鴆。

あ・・・。今!!ちょっとヒロインっぽかった。かも?

「オレの話、聞いてなかったのかよ!?てめーだ、鴆」
「オレは漢だ!!どう間違えてもヒロインにはなれねぇし、
 な・ら・ね・ぇ!!」
「オレの色(恋人)なら、ヒロインに決まってるだろうが!!」
「それとこれとは別だぁ!!」
「オレがいいって言ってんだ・・・
 カナちゃんやつららに遠慮することなんてねぇよ」

リクオに引かれ立ちあがった鴆の手は、まだ繋がれたままだ。
長い指が鴆の肌を、ゆるりと滑る。ただ触れるのではない、繊細な愛撫に似た動き。リクオは一度手を解き、鴆と指を絡めて繋ぎなおす。
目元にうっすらと紅を刷いた鴆の煽情的な表情に、見惚れるほど艶やかにリクオは微笑して見せた。
「遠慮なんかしてねぇ」
初代に瓜二つ、美丈夫の、『狙った獲物を仕留める』キメ顔の威力といったら・・・半端ない。意図してやったのなら卑怯だ、リクオ。
もう、鴆に先程までの勢いはない。躍起になって言い合っていたために、踏ん張っていた足の力も抜けるというものだ。
膝が崩れ落ちた所をリクオの腕に支えられ、リクオに腰を抱かれ。
「なぁ、仕切り直さねぇか?お前ぇが降ってくるとこから。
 してくれたらよ・・・
 次の出入り」

喉の奥で笑うリクオの、からかいを帯びた吐息に耳裏をなぜられる。
鴆は美しい男の貌を、ゆらゆらと潤んだ瞳に映しだした。
「連れてってやる」
止めを刺したのは、寝間での睦みごとにのみ使われる声だ。誘い文句でも誑すように、熱を帯びて甘く掠れたそれに、腰が抜ける。
堕とされた鴆に、冷静な判断などできるはずもなかった・・・哀れ。
平行線を辿る会話に投げかけられた一言に。とろり・・・落ちる瞼を緩慢に、鴆は瞬かせた。
あまりにも魅力的な誘いである。弱い妖怪を理由に、ことごとく出入りに連れて行ってもらえない鴆。天秤は傾く。

何か間違っているような気もするが、何か大切なものを失っている気もするが。
鴆は、頷いてしまう。
「約束だからな」
「ああ・・・てめーとの約束は、違えねぇさ」
口角を釣り上げたリクオの顔は、頭脳戦を得意とする昼の・・・悪い顔にそっくりだった。

続く・・・
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