散る前に。私のこの手で咲いておくれ・・・

□淡い、これをなんと云う? ・上
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紛らわしいことに、奴良組には「リクオ」がふたりいる。ひとりは男で妖、ひとりは女で人。双子の兄妹、ふたりの「リクオ」だ。
奴良組では、男の方を若・女の方をお嬢だとか、主な活動時間帯がそうであるからか、妖の方を夜・人の方を昼などと呼び分けている。

「淡島〜」
清涼感のあるまろい声に振り返れば、小さな顔に大きな目と、まるで赤ん坊や小動物のような愛らしい造作の顔が笑みを浮かべていた。
「おう、リ・ク・オ」

遠野の者は、「リクオ」がふたりいるという事実を前もって知らされていたわけではない。「リクオ」といえば、矢張り先に会った男で妖の方となる。
よって、女の「リクオ」は奴良組で定着している「昼」や「女の(リクオ)」と呼ぶようになった。
ややこしいことこの上ないが、要するに、遠野の者が「リクオ」といえば男で妖の方であり、女で人の方は「昼」や「女の(リクオ)」ということだ。
しかし、遠野の者でも淡島だけは違った。

名を呼んだのは、制服のスカートを翻し、淡島の手前で足を止めた女のリクオだった。
廊下に差す夕陽が、全てを染めている。淡島も、リクオも。温かな色に彩られたリクオが、淡島を見上げ。リクオの眼鏡に反射した陽に、淡島は目を細める。
逢う魔が刻、暮れるこの陽の色に似た円らな瞳が、淡島を映しこんでいた。

淡島はその目が少し苦手だと思う。女のリクオも男のリクオと同じように好きなはずなのに。
どこまでもどこまでも純粋に。透き通るそれに、何もかも見透かされそうな気がする。寒気のようなものが走る。嫌な感じはしないのに、居心地が悪い。

吸い寄せられる・・・

それはどこか、畏れにのまれる感覚に似ている。
遠野の者で、女のリクオを「リクオ」と呼ぶものはいない。本家でも、区別がつかぬという理由であまり使われることない名を。
敢えて呼ぶ理由など、淡島は深く考えはしなかった。

同じ日同じ時に生まれたはずなのに、ここの双子は外見が全く違う。顔のつくりはもちろんのこと、体格の違いを見れば、年の離れた兄妹としか思いようがない。
「今、帰ったのか?」
「うん、そうなんだ」
「お帰り。リクオ」
紫と大して変わらぬ小さく華奢な体。男と女の性差だけでなく、妖と人とで、ここまで違ってしまったのだろう。
大分下に位置する小さな頭をくしゃりと撫でれば、癖のある髪がほんの僅かの間、淡島の指に絡み。

離れてしまう、名残惜しさか物足りなさに、視線を掌に落とした。
「ただいま。淡島」
まろい声に耳を擽られた淡島が視線を戻せば、陽を浴びたリクオがあどけなく笑っている。
全てが柔らかい色に染まっていた。温かな色彩、まるでリクオのような・・・

淡島の頬が赤く染まったのを、リクオは逆光で見ることはなく、また淡島も気づかなかった。
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