ときめけ、恋ごころ

□名残る黎明の虚夢
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叔父に殴られた。それは何の変哲もない、日常の中に組み込まれてしまったもの

理不尽な怒りをぶつけられ、はたまた理不尽な暴力にただ反抗もせず殴られるだけ。

そう、いつもと何一つ変わらないハズだった。



「っつ!!」



今日は世間で言う休日で、沙都子と悟史は買い物に出かけていて私は家で家事をしていた。

洗濯ものを干しに行こうと洗濯かごを持つと、前から起きたばかりの叔父と目があった。

しまった、寝起きはすごく不機嫌なのに目を合わせてしまった。そう思った時にはもう遅くて、私は右頬に鈍い痛みが走る。

吹き飛ばされる、とまではいかないけれど殴られた衝撃で私は少しだけ宙を浮いて、近くの柱に後頭部をぶつけた。

痛い、ぐらりと揺れる視界に、途端襲ってくる吐き気。つう、と頭から嫌なものが流れる感覚がして声にならない声をあげる。

どうしよう。視界も暗くなってきた。叔父がまだよくわからない言葉で私を罵っている。



「っあ…っ」



やばいどうしよう死ぬかもしれない、怖い、どうしよう悟史、

ギロリと叔父が私を鋭い視線で貫く。息が上手く出来なくなってきた。



「はっぁっ…はっ」



ドクドクドクと心臓が嫌な音を立てる。きゅう、と胸元の服を掴むと叔父が怖い顔をして私の腹部を足で蹴った。

蹴られた衝撃で息ができなくなって、私はドサッと床に崩れるように倒れる。

叔父は一つ舌打ちと視線を私に向けて、部屋に戻って行った。やばい、頭が重たい。息も苦しい。



「さ、…とし…」



2人が帰ってくる前にどうにかしなくちゃ。頭から垂れる血を拭いて、何事もなかったかのように洗濯物を干していなくちゃ

でも、私の体は思うように動いてくれなくて、だんだんと視界も悪くなってくる。疲れた。

まぶたも重くなってきて、体もピクリとすら動いてくれない。どうしよう、寝てもいいかな

でも悟史にも沙都子にも迷惑かけちゃうし、私が動かなくちゃ、でも、だめだ、まぶたが



「ご、めん…ね」



床を引っ掻くように力を入れてみたけれど、すぐに力が抜けて視界が真っ暗になった。




「ただいま…##NAME1##?」



にーにーと買いものに出かけて、家に帰る。

入りたくもない家のドアを開けてにーにーの服の裾を握りながら家に入ると、必ず出迎えてくれるはずのねーねーの姿がなかった。

おかしい。いつも「おかえり」と笑顔で出迎えてくれるはずのねーねー

どこかに出かけるとも言っていなかったし、出掛けるならばにーにーにお願いして行ってもらうはず。



「にーにー…?」

「大丈夫だよ、沙都子」



なんだか不安になってにーにーの服の裾を掴む力を強めると、にーにーは微笑んで私の頭を撫でてくれた。

靴を脱いで、首を傾げながらもリビングに足を踏み入れる。



「##NAME1##っ!!」



先にリビングへ向かったにーにがねーねーの名前を呼んで突然走り出し、何かに駆け寄る。

にーにーがその何かを抱える。手が見えた。色白で細くて私が憧れる綺麗な手。



「##NAME1##…!大丈夫!?」



次に見えたのは綺麗な金色の髪。私なんかより綺麗で、一本一本が輝いている憧れの髪。

ああ、ねーねーだ。そう何かをねーねーだと認識するには時間はあまり掛からなかった。

にーにーがどれだけ呼びかけても顔を真っ青にしたままピクリとも動かず、額から血を流すねーねー



「沙都子!監督に電話で連絡して!」

「は、はいですわっ」



酷く焦ったように私に指示を出すにーにー。ねーねーに負けず劣らず顔を青ざめさせるにーにー

私は震える体で監督に電話し、必死に今の状況を監督に伝える。

電話を切ると同時に、「沙都子!」と名前を呼ぶにーにーの焦った声。振り向くと、にーにーはねーねーを抱えていた。



「沙都子も診療所に行こう」



にーにーはねーねーの事が大好きだ。それは家族に思う好きじゃなくて、異性の方に向ける恋慕という感情。

ある夜、ねーねーの膝で狸寝入りしていたとき、ちらりとねーねーたちの方を見ると2人は幸せそうにキスをしていた。

ふとそのことを思い出しながらも、ねーねーを抱えて診療所に走るにーにーの背中を追いかける。

私はねーねーが助かりますように、と涙目になりながらも必死に誰かにお願いをした。







重いまぶたを開けると、入って来たのは真っ白な天井だった。

あれ、私確か家にいたはずじゃあ。そうだ、叔父に殴られて頭をぶつけて、意識を失ったんだ。

ふと頭をさすると、そこには多分包帯が巻かれていた。辺りを見回す限り、ここは診療所の個室だろう。

そこで、ふと手に違和感を感じて視線を下に向ける。



「あ…悟史、」

「む…」



私の手を握って、すやすやと眠る悟史がいた。なんだかよくありがちな漫画みたいなパターンで少しだけ笑ってしまった。

気持ちよく眠る悟史には悪いけれど、肩を揺すり、名前を呼ぶと悟史は瞳を開けて私を見た。



「おはよう悟史」

「##NAME1##…っ」



私を見た途端、飛びつくように抱きついてくる。そんな悟史に笑みを零して、ありがとうとお礼を呟く。



「よかった…っ」

「迷惑掛けてごめんね」



私から一度離れて、涙目になりながら微笑む悟史に少しだけ胸が痛んだ。

そんな胸の痛みを抑えて、辺りを見回して首を傾げると察した悟史が私の疑問に答えてくれた。



「沙都子は別の部屋で寝てるよ」

「そう…ふふっ悟史まで寝ちゃうなんて」

「むう…笑わないでよ」

「ごめんごめん」



私の存在を確かめるかのように、私の手をぎゅうぎゅう握る悟史。私もここに居るよ、という意味も込めてぎゅうっと握り返す。

妙に近い顔に、少しだけ恥ずかしさを覚えながらもその唇にキスをする。



「心配かけてごめんね、私は大丈夫だよ」

「むう…また##NAME1##からキス…」

「え?じゃあ悟史からしてくれる?」

「それは…」

「ふふっ顔真っ赤になってるよ」

「むう…」



手を握り合いながらくすくすと笑いあう。

この時だけは叔父の事も叔母の事も忘れて、楽しくすごしていたい。

確かにこれは一時の幸福かもしれない。だけど、私にとっての幸福は悟史が隣で笑ってくれること。



「私の前からいなくならないでね、悟史」

「##NAME1##こそ、僕の前からいなくなったら怒るからね」







 名残る黎明の虚夢

  (悟史が失踪する3ヵ月前のお話) 

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