ときめけ、恋ごころ
□まやかしの平穏に溺れる
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お母さんが死んだと聞かされた。何でもナイフで腹部を刺されてなくたったとか。
仕事は忙しかったけど愛情を注いでくれた優しかったお母さん。
お父さんが死んだと聞かされた。なんでもお母さん同様ナイフで刺されてなくなったとか。
2人は離婚してしまったけれど、同じように死んでしまうなんて。ロマンチック?どうでもいいけど。
「暑…」
まだ少し蒸し暑さが残る夏の終わり、私は学校の寮から自宅へと足を進めていた。
ガラガラと数日分の服などが入ったスーツケースが音を立てながら私に引かれている。
両親2人が亡くなり、私は数日間だけ住んでいた家に帰ることが許された。
「元気かなあ…」
ふわふわと頼りない笑顔を見せるあの子を思い浮かべて私は頬を緩ませる。本当に私はとことんあの子には甘いと思う。
1人でくすくすと笑みを浮かべていると、懐かしい家が見えてきて私の心は少しだけ弾む。
玄関の前で、すぅと息を一つ吸って、吐く。
「よし」
久しぶりにかける玄関のドアに懐かしさを感じながら、ゆっくりと扉を開ける。
コツリ、とヒールの高いサンダルが音を立てる。すると突然上からドタドタという足音が聞こえて顔を緩ます。
「だ、だれ…」
階段からひょっこりと警戒するように顔を出すあの子にそっと微笑み、手を軽く振る。
「姉さん…?」
「久しぶり、ゆきくん」
◇
コトン、と椅子に座る私にお茶を出してくれたゆきくんにお礼を言って、一口飲ませていただく。
あの暑い中歩いてきた私の喉はカラカラだったのか、ひんやりとしたお茶が喉を通り、ほっと息をつく。
コトン、とお茶が入ったコップを机に置いて、私は目の前で笑う女の子に視線を向ける。
「この子は?」
「え、えっと…」
「我妻由乃です」
語尾にハートが付きそうなくらい愛想よく笑ってくれるピンク髪の可愛い女の子。歳はゆきくんと同じだろうか。
我妻由乃ちゃんに私はニッコリ微笑んで、そっかーとこちらも愛想よく応える。
「ユッキーのお姉さんなんですよね?」
「ええ。普段は学校の寮ですごしてるんだけどね」
「そうなんですか!すごいですね」
そんなこと微塵にも思っていないくせに。笑顔のくせにどこか私を警戒する彼女にすくりと笑みが零れる。
本当は舌打ちをして目の前の彼女に暴言でもなんでも吐いてやりたいところだけどゆきくんがいるので心のうちで留めておく。
それはきっと彼女もそうなのだろう。
「ゆきくん」
「な、なに?」
こんな空気のなか、突然話を振られてビクリと肩を揺らすゆきくん。
そんな姿も可愛い。きゅんっとする胸の高鳴りを抑えて、私は澄ました笑みを見せる。
「数日だけ泊めてくれないかな?」
「え?」
「まあ元々住んでいた家だから"泊めて"っていうのもおかしいかもしれないけど」
「あ…でも学校は?」
「抜かりはないわ、ちゃんと許可はとってあるの」
どこか顔色が悪くなったゆきくん。突然死んだ両親にゆきくんが何かに巻き込まれている事はわかっている。
まあゆきくんが話してくれるまで待とうと私は思っているし、無理に聞き出して嫌われるなんて堪ったものじゃないから
「大丈夫!ちゃんと必要なものは持ってきてあるわ」
「いや、そういうことじゃなくて…」
でも、さらりと聞き出すことはできる。ゆきくん限定だけど。
そんな卑怯な自分にくすりと笑みを零して、椅子から立ち上がる。
「姉さん?」
「ゆきくんの部屋に布団準備してくるね」
「え、あ、ちょっ」
「それから大人な本を隠してないか探ってくるわね」
「わああああっっ!!やめて姉さんっ!!」
慌てて私を引きとめるゆきくんに「冗談よ」と頬にキスをして、階段を上がっていく。
「ユッキー!」という由乃ちゃんの悲鳴に近い声を頭のどこかで聞きながら、自分の部屋のドアを開ける。
「綺麗にされてるのね」
ドアを閉めて、ふと笑みを消す。あの学校に行く前使っていた自分の部屋。
お母さんが掃除してくれていたのか案外綺麗で、物もそれなりに整っていた。
小学校に上がる時に買ってもらった勉強机に置いてある家族写真を手に取る。
「意外と感傷深いものもあるのね」
どこだったか忘れてしまったけれど、まだ2人が離婚する前に家族旅行に行ったときに撮った写真。
コト、と写真立てを元の場所に戻して、クローゼットの奥の方に置いてある布団を取り出してゆきくんの部屋へ足を運ぶ。
私の部屋同様、それなりに片付いているゆきくんの部屋。くすっと笑みを零してベットの横に運んだ布団を置く。
「ね、姉さん!」
「あ。ゆきくん、由乃ちゃんはどうしたの?」
「今日は…その、帰ってもらったから…」
もじもじとするゆきくん。大好きなゆきくんのことだから、言いたいことくらいわかる。
ゆきくんの手を引いて、リビングでゆっくりしようか、と言うとゆきくんは「うん!」と元気よく返事をした。
リビングについてソファーにゆきくんが座ったのを確認して、私はゆきくんにキスをする。
「っっね、えさ」
「ふふっしてほしかったんでしょう?」
「っ〜〜〜〜」
私とゆきくんは姉弟だ。キスなんて論外な関係で、それを私もゆきくんも知っている。
私たちがその禁忌を犯したのは、ゆきくんが9歳くらいの頃。
その頃にはもう私はゆきくんに恋に落ちていて、キスだってそれ以上のことだってしたいと思っていた。
ゆきくんを取り込むことはとても簡単なことだった。キス、しちゃおうか。そんな言葉から急速に落ちて行った私たち。
「姉さん…っ」
「苦しかった?」
少し大人なキスをするとゆきくんは顔を涙目になりながら真っ赤にしてふるふると体を震わせる。
それが可愛くて可愛くて私はやめられない。
「一緒にお風呂はいっちゃう?」
「だ、だめ!!!」
「はいはい」
そんな、私にとって和むような会話をしながら、私は窓の外からこちらに視線を向けてくる由乃ちゃんに細く微笑む。
◇
ゆきくんがお風呂に入っている間、私はついこの間買った雑誌を読みながら、アイスを食べる。
私は後でいいって言ったんだけど、ゆきくんが姉さんが先入ってと紳士な発言をするから私はその行為を無下にできず、入ることにした。
ゆきくんと同じシャンプー。今頃ゆきくんが同じシャンプーを使ってくれていると思うと動悸が治まらなかった。
「姉さん上がっ…」
「ん、おかえり」
タオルで濡れている髪を拭きながら私に近づいくゆきくん。私はその可愛らしい唇にキスをおとす。
何するの、と照れたように視線をそらすゆきくんに微笑んで、食べかけのアイスを差し出す。
「一口いる?」
「う、うん」
ぱくり、と食べるゆきくん。ああ可愛い相変わらず可愛い!
そうだ。わざとアイスを胸辺りに零して、ゆきくんとって!って言ってみようかな。だめかな。
ゆきくんが私にかまってくれる計画を立てつつも、それを実行しようとアイスをさり気なく動かした瞬間
ふ、とゆきくんがポツリと呟いた。
「姉さんは僕が守るから」
「え?」
「ううん何でもない」
にっこりと笑って私の隣に腰をかけるゆきくん。あれ、?
ゆきくんはこんな瞳をする子だっただろうか?あんな、幸せを掴むためなら何事も厭わないとでも言いそうな
「姉さん?」
突然かけられた声にハッとする。急いで俯いていた顔をあげて、咄嗟に笑顔を作る。
「え、?ああ、なあに?ゆきくん」
「僕寝るけど姉さんはどうするかなって」
「…じゃあ私も寝るー」
考えるな。そう自分の思考を断ち切って、私は階段に向かうゆきくんに自分の胸を押し当てるように後ろから抱きつく。
すると、かあっっと顔を真っ赤にして、「姉さっあの、」と焦るゆきくん。
そんな可愛い反応をしてくれるゆきくんにそっと微笑んで、抱きついたままゆきくんの部屋に行くことにした。
「で、どうして姉さんが僕と同じベットに…」
「ゆきくんが寝るまで隣に居てあげるっ」
「えええ!?」
「いや?」
「い、…いやじゃないけど」
「じゃあいいでしょう?」
「…わ、わかったよ」
可愛いゆきくん。小さいころから何も変わらないゆきくん。このまま時間が止まってしまえばいいのに。
ごそごそとしながらも眠りにつこうとするゆきくんの髪を優しく撫でる。
これから話すのは、私の小さな懺悔
「ごめんねゆきくん」
「……姉さん?」
「1人にしてごめんね」
そう呟くと、壁の方に向いていたゆきくんがこちらに振り向いた。
不思議そうな顔をするゆくんの額に、ちゅっとキスをして、眉を下げながら小さく笑う。
もう一度、姉さん?とゆきくんが私を呼ぶ。
「ごめんねゆきくん」
「だから何が…」
「秘密。だけど謝らせて?」
「―――……そんな」
何かを言おうとするゆきくんの口を自分の口を押しつけて塞ぐ。言わないで、
キスしてごめんなさい。こちら側に引きずり込んでごめんなさい。ゆきくんを愛してごめんなさい。
「おやすみ、ゆきくん」
そっと優しく抱きしめると、ゆきくんは私の腰に手を回してきた。
うとうと、と目をとろんとさせるゆきくん。私の首元辺りにある髪にキスをする。
「姉さんは…いなく、ならないで…」
「………うん」
「おや、すみ」
「うん。おやすみゆきくん」
無邪気なゆきくん。必死に私の後ろをついてきてくれたゆきくん。
「大好きよ」
後数日もしてしまえば、私は戻らなければいけないけど、どうか。どうか今だけは。
まやかしの平穏に溺れる
(たくさんの嘘とほんの少しの愛で成り立つ僕らの関係)