ときめけ、恋ごころ

□あいまいにキスをして、
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「或」

「なんだい姉さん」

「今日も行くの?」

「うん。じゃあいってきます」

「いってらっしゃい」



とても質素な会話。会話なのかも疑いたくなる私たちの会話。

最近のあの子は、よく朝早くから出掛けて夜遅くに帰ってくる。

好きな子でもできたの?と聞けば或は違うよ、と曖昧に微笑むだけだった。わからない。

昔は手に取るようにわかったあの子の考えも、今じゃ逆に見透かされているような感覚になる。

手に取ったアルバムをペラッとめくれば出てくるのは或と私が写った写真たち。



「…幼稚園の入学式ね」



春の時。或がまだ少し大きい幼稚園の制服を纏って、入学式とでかでかと書かれた立て看板の前で笑顔を見せる私達。

今じゃもう殆ど見なくなった或の純粋な笑顔。



「これは…公園で遊んだ時、」



夏の時。幼稚園に入って少したった頃の或を連れて近くの公園に遊びに行った。



「これも公園…」



秋の時。或がどうしても紅葉を見たいと言うから夏の時と同じ公園で遊んでとった写真。



「雪…そこの道路ね」



冬の時。マフラーを巻いて、積もった雪で雪合戦をしたときの写真。

一枚一枚捲っていくとだんだん成長していく私と或の姿。いつしか写真の枚数は少なくなり、季節も飛び飛びになっていた。

いつからだろう、2人で写真を撮らなくなったのは。いつからだろう、或が私を避けるようになったのは。



「思春期ってやつですか」



テレビの向こうで陽気に会話を繰り広げる人に問いかけても勿論返事は帰ってこない。

なんとなく、ソファーに寝転がり、なんとなくテレビの様子を眺めていく。

だんだん眠たくなってきた目をこすって、小さく欠伸を漏らす。眠たい。

お母さんもお父さんも仕事だし少しくらい寝てしまっても大丈夫だろう、という結論に到り私は寝るために或と同じ赤い瞳を閉じる。

全く、どうしてお母さんは私達を姉弟に産んだんだろうね。


カチャン、と玄関のドアが開く音がして私の意識は暗闇から現実へ引き戻される。

或が帰って来たんだろうか。じゃあ結構遅い時間なのかもしれない。



「――ただいま」



或の声が玄関の方からする。おかえり、と言ってあげたいのに、私の意思に反して体は動いてくれない。

重たい体を無理やり動かす気にもならず、ならば寝たふりでもしていようと思い私はまた瞳をゆっくり閉じた。



「姉さん?」



首を傾げるような感じで私を呼ぶ或。やっぱり起きるべきだったかもしれない。でもだるい。

或はソファーで眠る私を見つけたのか、一つ溜息を付いてトントンと二階へあがる足音がした。

やっぱり、すぐに二階に上がっていってしまうか、とちょっとだけ寂しくなってるとまたトントンと一回に下りてくる足音が聞こえた。



「風邪ひくよ」



ふわり、と体に何かがかかるような感覚がして、後からじーんとくる暖かさ。

多分毛布をかけてくれたんだろう。ちょっと出来た弟に感心しながら寝たふりを続けていると或が近づいてくる気配がした。

そして眠る私の額に掛かる髪を手であげて、額にちゅ、とリップ音を立ててキスをした。



「おやすみ姉さん」



遠ざかっていく或の気配を感じながら、私は一人ソファーで顔を赤く染める。

服の裾を掴んで、無理やりにでもキスしてやりたかった。

ちょっと後悔を混ぜながら私は二階へあがって行った或にこう言う。



「お姫様はキス目覚めるものなんだぜ」



まずい、ちょっと、恥ずかしいな。






あいまいにキスをして、

  (爪の先にも満たないような覚悟を)

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