空色パズル

□空色の恋の糸
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夏の全中が終わった。

ドクンドクンと可笑しな音を立てる心臓に、なぜか震える手。視界も滲んで考えも吹っ飛んで何か口にしようとした声も出なかった。

隣で私と同じように唖然と会場を見渡す黒子っちの名前を小さく呟く。


「黄瀬、さん」


黒子っちも震える唇で私の名前を呼んだ。

この会場全体に聞こえる観客の声も全然頭に入ってこない。

実感も何も湧かないこの体は震え、ただ私はその真実を口にする。



「勝ったよ…勝ったよ黒子っち!」

「はいっ勝ちました…!」

「あはっやったああっ!優勝っスよ!」



なんだかその信じられない真実に興奮したのか突っ立っていられなくて黒子っちに抱きつけば、黒子っちも滅多に見せない笑顔を浮かべて私に抱きついてきた

ああどうしよう!会場に響く歓声が私達の興奮を最大に引き上げる。

そっか、そっか…―優勝したんだ。



「黒子っち優勝おめでとうっス!」

「はいっ黄瀬さんも優勝おめでとうございます!」



汗でびちゃびちゃな顔や体なんて気にしない。普段は気にする汗臭さだってこの興奮には勝てやしない。

笑顔で黒子っちの頭を乱暴にくしゃりと撫でる青峰っちに、私も便乗してハイタッチを要求する。

パンッと合わさった手。

微笑んでベンチからこちらに向かってくる赤司っちに、いつもは気だるそうな顔をする紫原っちも今は少し嬉しそう。

メガネを指で上げながらどこか嬉しそうに黒子っちの頭を不器用ながらに撫でる緑間っち





「赤司っちがいるとなんか優勝したー!って気がするっス」

「そうか?」

「確かになー」



見えない絆。でも確かに存在するそれを感じられて、視界は涙で滲んだ。

そんな涙を隠すように赤くなるのも気にせずに腕で拭って、えへへっと笑う。



「…行こう!黒子っち!」

「はい!」



手を引くために掴んだ黒子っちの手は、普段より熱くて、必死でパスを回し続けていた姿が浮かんだ。

お疲れ様、そんな意味を込めて黒子っちの頬に伝う汗を拭えば、黒子っちは少し照れたように笑って私の手を握り返してくれた。

心が温かくなった。

ずっと、ずっとこの仲間とバスケをしていたい。勝って抱き合って喜びを分かち合っていたい。



「だいすき」



みんな大好き。










そんな熱い夏も終わり、少し肌寒い秋がやってきた。



「おはようございます黄瀬さん」

「おはよーっス黒子っち。今日はちょっと寒いっスね」

「そうですね。そろそろ布団から出たくなくなる時期でしょうか」

「あーまだもうちょっと先っスかねえ」



8月の全中二連覇の浮かれた気持ちがそろそろ抜けてきてくれた9月。

まだ登校するには早い時間だからか、人に囲まれず1人でぽつんと下駄箱で靴を履き替えていると、黒子っちに声をかけられた。


9月といえば運動会の時期だろうか?

去年はほとんど覚えていいないような、つまらないものだったけれど、今年はバスケ部の皆がいるから楽しいかなあ…なんて。

笑顔で運動会や文化祭をしている自分を想像して今から少しどきどきわくわくする。

ああ私も少しスレてただけでちゃんと中学生じゃん、なんて自分の年齢を思い出しながらくすりと笑う。

風が吹くと、ああ寒いなと感じる足を少し擦り寄せながら黒子っちの隣をキープして黒子っちに笑顔をみせる。



「秋と言えば食欲の秋とか芸術の秋とか言われるっスけど黒子っちがピンと来るのはなんスか?」

「僕ですか?そうですね…やっぱり読書の秋とかでしょうか」

「あー黒子っち読書好きだもんね」

「はい、好きです」



――好きです。

黒子っちのその言葉に心臓がトキン、と跳ねる。ああやばい。

私に向けて言ってくれればよかったのに、なんて私は相当黒子っちに惚れてるらしい。知ってるけども。


ちょっとドキドキしながらも「私はやっぱりスポーツっスかね」と平然を装ってそう笑うと黒子っちも小さく微笑んで「上手ですもんね」と返事をしてくれた。

珍しい黒子っちの微笑みについとろけるようにゆるゆるな頬を手で押さえつつ、ばれないように小さく笑みを零す。



「今日マジバ寄ってかないっスか?」

「いいですね」



くすりと笑う黒子っちに、また私は小さく微笑み返して、私はスキール音がする体育館のドアを開けた。









教室の窓際の席。机に肘をついて、ぼーっと黒板を眺めながらなんとなくノートをとる。

これだから馬鹿なんだって言われるんだろうけど、私はこのどうしようもないお馬鹿な頭を直すつもりはない。

ちょっと嫌味っぽいけど、頭が悪くても顔が良ければ大抵の事はやっていける。

可愛いアホの子、なんてキャッチコピーをつけられればどれだけ馬鹿でもアホでも、そういう子として受け入れられる。



「黄瀬ー答えろ」

「えっ、はいっスー!」



ガタガタと急いで席を立てば、「しっかりしろよー」とか「黄瀬さんってホント可愛いよね」なんて笑い声がクラスに響く。

ほらね、顔が可愛ければどれだけアホな行動したって笑いごとで済むんだ。



「えへへースンマセンっス」

「全く黄瀬は…ちゃんと聞いてろよー?」

「はーい」



顔が良くても嫌なことは少なからずある。

こちらをすごい血相でギロリと睨んでヒソヒソと話し合う女の子を一瞥して、教科書を手に取り言われた場所の答えを言う。

1番面倒なのは同性からの嫉妬だった。男ならまだ笑って誤魔化せるような嫌味で済むのかもしれない。

だけど私は、どうしようもないくらい女の子なのだ。



「黄瀬ちゃんああいうのあんま気にしない方がいいよ、ただの嫉妬なんだから」

「…あははありがとーっス」



女の子の嫉妬は恐ろしい。嫌味は嫌味ととれないほど鋭いし、何よりそういう子たちは証拠など隠すのが上手い。

しかも自分たちが有利な立場になるように頭のいいやつは動くし、そういうのが下手な奴は最後の最後まで私が地味に嫌がる事をし続ける



「次、佐々木」

「はい」



ああ本当、女って面倒くさい。

もし私が男だったら、やっぱり私と同じ様に心の内で悪態をついて、メンドクサイ、なんてことを考えていただろうか。

そこで浮かんだのは、



「男だったら付き合えないから別にいっか」



水色の笑顔で、ちょっとだけ窓の外を眺めながら笑ってしまった。




部活も終わって黒子っちと青峰っちと3人でマジバに行くことになった。

最初は2人きりで行こうねー、って言葉で気付かれないようにじりじりと黒子っちが他の奴を誘わないように逃げ場をなくしていたのに。


ちょっと遅れて部活に来て赤司っちに扱かれ終わった青峰っちに挨拶してると、青峰っちは耳を掻きながら突然「え、何?マジバ行くの?」なんて。

どうしてマジバに行くのかわかったかは知らないけれどまあ野生の勘とか言うやつだろう。

私は特に気にせずに「そうっスけど」とバスットボールを持ちながら答える。

すると青峰っちは私から視線を外してしばらく宙を見た後、「じゃあ俺もいくわ」と平然と言いだしたのだ。

私はあまりの衝撃に、モデルとは言えないような顔をしながらつい手からバスケットボールを滑り落としたのだった。



「黒子っちはやっぱシェイクっスか?」

「はい、黄瀬さんは?」

「寒いからコーヒーにしよっかなーって考えてる所っス。青峰っちは?」

「ハンバーガー」

「飲みもんじゃないんスね。知ってたけど。」



注文する人の列に並びながらさり気なくお財布を鞄の中から出して、「お次の方どうぞ」と笑顔で対応する店員さんに数歩歩いて近づく。



「バニラシェイクとホットコーヒと…あ、ブラックで。あとハンバーガー5つ…でいいっスか?」

「10個」

「多!…じゃあ、10個で」

「はい、ご注文は以上でよろしいでしょうか?」

「はいっス」



ピッピッと機会のタッチパネルを指で押して合計金額を告げる店員さんに、笑顔を見せながらお金をぽんっと置く

それを確認して渡されたお釣りを手に取り、レシートごとお財布の中にしまいこむ。

ぐしゃっとなって入ったレシートは後から取り出してきちんとすればいいし。



「バニラシェイクとホットコーヒーとハンバーガー10つ…です」

「ありがとーっス」



トレーに乗せられて運ばれてきたそれらの中にあるバニラシェイク。私からのプレゼントだと思うと胸がちょっとドキドキした。

とりあえずハンバーガーが10個乗ったトレーは青峰っちに押し付けて、バニラシェイクとコーヒーが乗ったトレーを持ち上げる。



「黄瀬さん!あの…とりあえずトレーもちます」

「いいよ、黒子っちは気にしないで」

「でも」

「いーの!ほら青峰っち待ってるから行こう?」

「…………はい」



渋々うなずいた黒子っちに小さく微笑んで、青峰っちが手招きする席に急ぐ。

ハンバーガーを頬張る青峰っちの隣に釈然としない顔で座った黒子っちに、私も席に座ってトレーからバニラシェイクを持ち上げて彼に差し出す。



「はい、黒子っち!」

「ありがとうございます。黄瀬さん今お金を渡しますから」

「いいの!今日は私のおごりっスよ!」

「ダメです。女性に払わせるわけにはいきません」



やっぱ紳士だなあ黒子っちって。とほんわかする気持ちと、――じゃあ私が男だったら払わせてくれた?と、どす黒い何かが心の中を渦巻く。


ああ気持ち悪い。本当に私って気持ち悪いっス。

まず何?男になれたらとか第一そんなのなれるわけないのに、夢見るのも大概にしろって言われてもおかしくないスよね。

それで、そんなこと考えたりして黒子っちが喜ぶかって聞かれたらそれは絶対否だってことわかってるはずなのに馬鹿みたい。

そうそう、だって紳士的な黒子っちだもんね。それでも私が男でも奢らせてなんかくれないだろうな。

ああ本当私って馬鹿だな。これだから母さんにどこか出来損ないみたいな顔で見られるんだろう。別にその馬鹿をやめるつもりはないけど。



「黄瀬さんすみません払わせてしまって、これお金です」

「もー黒子っちは律義だなあ。でも受け取らないっスよ!これは黒子っちへのご褒美なんスから〜」

「ダメです。受け取ってください」

「こう見えて頑固なんスよ?私」

「僕だってよく頑固だって言われます」

「テツは頑固だよなー」

「青峰君は黙っててください。っていうかなんで普通に奢ってもらってるんですか」

「いいじゃねーか。ほらアイツだって別にいいって言ってるだろ?」

「そうっスよ!別に気にしてないからほら」

「黄瀬さんまで…」



私の体の中全部黒いんじゃないかと思うほど黒くてどうしようもない感情なんて黒子っちは知らずに私にお金を渡そうとしてくる。

でも私はそれを受け取らず、笑顔でコーヒーのカップの蓋を手で開けた。

今日は青峰っちがいてくれてよかったかもしれない。これで青峰っちがいなかったら私は絶対このお金を受け取ってしまいそうだったから。

うん、この時だけは感謝っスね。ありがとう青峰っち。



「ほら黒子っち!早く飲まないと美味しくなくなっちゃうっスよ?」

「……ここに置いておきます」

「え?」



汗をかいてぽたぽたと雫をトレーの紙の上に垂らすバニラシェイクをもう一度黒子っちの前に差し出す。

そして黒子っちはそれを不服そうな顔をしながら受け取って、その変わりにぽんっと机の上に何かを置いた。

バニラシェイクの値段丁度のお金だった。



「黄瀬さんが受け取らないならここに置きっぱなしになります」

「黒子っち…」

「別にいいですよ、僕は気にしませんから」



ぷう、と頬を少し膨らませてバニラシェイクをきゅっと握る黒子っち。



「はー…降参っスわ」



コーヒーのカップを机に置いて肩当たりで手をひらひらさせると黒子っちは、ちょっとほっとしたように口元をあげた。

その不敵な笑みについ顔が赤くなるのを感じながら、置かれた小銭に手を伸ばした。




――ねえ知ってる?黒子っち。

青峰っちがハンバーガーを食べ終わった所でマジバを後にした私達はそれぞれの家に帰ることになった。

「暗くなったので送ります」と断っても頑と言うことを聞かなく、隣で残ったバニラシェイクを飲む黒子っちに心の中で問う。

――顔が良くて嫌なことのもう一つはね



「黄瀬さん?どうしたんですか、そんな見つめられると穴が開いてしまいます」

「ああごめん、考えごとしてたっス」

「珍しいですね黄瀬さんが考えごとなんて」

「えー酷いなあ黒子っち。私だって考えごとくらいするっスよ〜」



――モデルっていう肩書だけで寄ってくる虫みたいな奴らとね



「ねえ黒子っち」

「なんですか?」

「もし、もしね、私が事故にあって顔がさ、いたたまれないくらいぐちゃぐちゃになったら黒子っちは…どう思う?」



――私の顔しか見てない酷く薄情でどうしようもない奴らなんだよ。

自分の頬に触れながら、そう微笑んで問うと黒子っちは大きく目を開いて、そっと私から視線を外した。

車のライトが眩しくて、少し目を細めると黒子っちは少し下を向いていて、ああやっぱり駄目なのかなって思った。



「僕は」



黒子っちが私の瞳をまっすぐ見つめて、その桃色の唇を開いた。



「それで黄瀬さんがバスケをできなくなるのは残念です。」

「………」

「黄瀬さんのバスケのプレーはとても綺麗だから」



求めていたのはこれか、と誰かがささやく。

ね?と微笑む黒子っちに車や街灯のライトが普段から綺麗なその薄水色の髪に反射して、キラキラ光る。



「黒子っちのプレーの方がキレイっスよ」



涙が出そうになった。

いつも、誰も私を見てくれない。見てるのはこの整った顔だけ。

顔がよければ性格なんてどうでもいいんだって、いつしか人間は誰もそうなのだと思うようになった。



「黄瀬さんは優しくてとても綺麗な人じゃないですか」



でもちゃんといたね。私を見てくれる人。



「黒子っち、大好き」

「っっ…!!ズルイ…ですよ」

「へ?」





空色の恋の糸

  (小指につながっている糸の先は君と信じて)



黄瀬ちゃんターン!モテすぎてどこかスレた黄瀬ちゃんとか好きです。癒してあげて黒子っち…!
しかし黄瀬ちゃんのターンだと名前変換がないから需要があるのかどうか…でも書きやすい。


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