空色パズル

□夏夜を彩る星の歌
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冬になった。木の葉は枯れ、肌を刺すような冷たい風に私はコートのポケットの中にいるかじかんでいる手を握り、そっと眉を寄せた。

「なんで女の子に生まれてきたんスかね」と唇をちょっと尖らせて呟けば、隣で手袋の上から吐息をかけていた黒子っちが困ったように微笑んだ。



「どうしてですか?」

「ほら男の子って制服ズボンじゃないっスかあ…タイツ履いてても寒いんスよー?」



この間購入したばかりの紺色に近い黒のタイツを履いた足をちょっと擦り寄せてみせる。

黒子っちはそんな私の足をちらりと見て、ちょっとむっとしたように「知ってますか?」と私に問う。



「冬はいいかもしれませんが、夏はすごく暑いんですよ?女性の前でズボンを折るわけにもいきませんし」

「おお紳士っスね…」

「そう考えれば女の子の制服の方がいいじゃないですか。寒ければ黄瀬さんのようにタイツを履けばいいわけですし」

「ああ、男子の方は手の施しようがないんスね!流石黒子っちなるほどっス」



「じゃ女の子で良かったかも」と赤色のマフラーに口元を埋めれば、黒子っちはそんな私を見て小さくため息をついた。



「っていうか黒子っち暖かそうっスね。手袋まで無双じゃないっスか」

「黄瀬さんは寒そうですね。手袋は」

「なんか手にはめてるの嫌なんスよねー動きにくいし」

「そうですか?」

「そうっスよ!あ、でも撮影とかだとちゃんとするっスよ?」



息も白くなって体が凍えそうになって、布団から出たくないと泣きたくなる冬が始まった。

黒子っちの隣に並んで登校しながらまだ雪は降らない灰色の空を見上げる。

そこでふと思いついたことがあって、でも馬鹿な私にはちょっとわからなかったから「ねえねえ黒子っち」と彼を呼ぶ。



「なんですか?」

「あ、いや…冬って星見れるんスか?星座とか私わかんねーっスから」

「そうですね…時期にもよると思いますが、おうし座やオリオン座、ふたご座が見れると思いますよ」

「…………ふーん…?」



よくわかんないっス、と考えることをやめてへにゃあと笑う私に、黒子っちは小さくため息をついて苦笑いを見せた。

ちょっと下がったマフラーを戻すために、体温であったかくなったコートのポケットから手を出してマフラーを直す。

学校が見えてきた。



「でもどうしてそんなことを?」

「ん、寒…ああいやー夏に皆で星見に行ったじゃないっスか。すげえ楽しかったからまた見に行きたいなあって」



えへへっとポケットに手を突っ込みながら笑うと、黒子っちはちょっと驚いた後「楽しかったですもんね」ってふわっと笑った。

その笑顔にどきどきしながらバレないように平然を装って、近くなってきた学校を眺めながら、あの夏の日を思い出してみた。




――8月中旬のお話



「星を見に行かないか」



事の発端は、ハードな練習に体育館の床にへばる私達に向けていった赤司っちのその言葉からだった。



「星ィ?」

「ああ、星だ」



「星」という言葉に顔があからさまに歪む青峰っちに、ちょっと口元を釣り上げて楽しそうに笑う赤司っち。

青峰っちは多分、星と言えば星座。星座なんて呪文にしか聞こえん。めんどくせえ、なんて無意識に思っちゃったりしてるんだろう。

文句を言わないのは反論したりすると赤司っちが怖いから。


でもなんだかんだ言って、滅多に楽しそうに笑ったりしない赤司っちだから、あんな楽しそうに笑うのはちょっと珍しくて、つい口をぽかんと開けて赤司っちを凝視してしまう。



「でもどうして突然?星を見るならもう少し前でもよかったのでは?」

「気紛れだ」



夏だから暑いしちょっとだけ冷たい床に頬をくっつけている黒子っちが赤司っちに視線をむける。

黒子っちは、気紛れですか…と少しふに落ちないような顔をしたけれど、あの赤司っちのことだ。

どう言おうと意見を変えることはないし、変に反論しないほうが身のためだ、とそう思ったのだろう黒子っちは「…そうですか」と呟いて赤司っちから視線を外して、そろそろ温くなった床に眉を顰めた。

黒子っちの思考さえも読めてます、と言わんばかりに不敵な笑みを浮かべる赤司っちにちょっとだけ苦笑いしながら私も会話に参加することにした。

1人だけ仲間外れとか絶対嫌っスから!



「でも珍しいっスよね、赤司っちが気まぐれで星見に行こうっていうなんて」

「なにか問題でもあったか?」

「いや、ないっスけど…ただちょっと気になって」



理由も何もないかもしれないけど、やっぱり赤司っちの事だからなんか考えてそうで。

黒子っちと同じように床に頬をくっつけながらそう聞くと赤司っちは「んー…」とちょっとうねった後、唇にペンを当てて笑った。



「そろそろ全中だろう?これからもっと練習が多くなるから、その前に少しくらい遊んでもいいんじゃないかと思って」

「おお…!」



"これからもっと練習が多くなるから"という言葉に青峰っちが「げええ…」といかにも嫌そうな声を出したのは聞かなかったことにして

私たち以外に人はいないし、おそらくこのメンバーだけで星を見に行くのだろう。

赤司っちの言った通りもうすぐ全中ということで、真っ暗になるまで練習はするだろうから、多分一度別れずにこのまま星を見に行く。

星と言えば夜。つまり、星を見終わる時間まで黒子っちといられるということ!



「それ、いいっスね!皆で星見に行こうっス!」

「下心丸見えなのだよ」

「赤司君皆で星見に行きましょう、星」

「お前もか!」



面倒くさい病青峰っちとツンデレ病緑間っちはぶーぶーと文句を言っては赤司っちに真っ黒な笑顔を向けられ、渋々招致して。

紫原っちは赤司っちの言うことなら逆らわないから、多少の面倒な事くらいは付き合ってくれるらしい。



「えへへーっ黒子っち!楽しみっスねえ!」

「そうですね。今からどきどきします」



そんなこんなで結局、許可をもらっていた屋上で星を見ることになった。

指定時間は20時。

未だにぶつぶつと文句を言う青峰っちと、おは朝のラッキーアイテム(熊の人形)を持ちながらツンデレ語を発する緑間っち。

ぽりぽりとお菓子を食べながら歩く紫原っちに、ルンルン気分で黒子っちの隣をキープする桃っち。



「赤司っちぃぃぃぃ〜〜〜…っ」

「桃井がくると知った時点でわかっていたことだろう、泣くな駄犬」

「わん…」



涙をぼろぼろと流しながら赤司っちに泣きつく私に、そんな私をそっちのけで腕を組みながら先頭を歩いて行く赤司っち。

浮かれててそんな思考吹っ飛んでたっス…と泣きごとを言えば、呆れた返事が返ってくる。



「うう…っ馬鹿でも阿保でもいいっスよお…だけど!だけど!」

「うるさい耳元で騒ぐな。ただでさえでかいのにキャンキャン犬のように鳴くな、縮め」

「理不尽!」



でもこの状況はううっと涙を流したくなるものだ。

ちらり、と後ろに視線を向ければ嫌になるくらい目に入る2人の姿。



「きゃーっテツ君楽しみだね!」

「そうですね」

「あ、アイスとかも買ってきたから後で一緒に食べようね!」



黒子っちと腕を組んで、わざとその大きな胸を黒子っちの腕に当てて話す桃っち。

浮かれていた。赤司っちが星の話を出した時、その時桃っちは監督と話していてその場にいなかったから気付かなかったものの

桃っちは黒子っちの事が好きで、そりゃアピールもするわけで。



「ハンカチギリィってしたいっス…」

「俺のでしたら練習3倍な」

「ちょっとくらい慰めてくれたっていいじゃないっスかあ…!赤司っちのケチー」

「何か言ったか?」

「いえ…何も…」



せっかく黒子っちと一緒に見れると楽しみにしていたのに。

星を見ている間、ずっと黒子っちの隣に桃っちがいて、私はその間に入れずにただ1人で星を眺めるんだろう。

考えるだけ胸が痛い。別に桃っちのことは嫌いじゃない。

むしろ、こんな私に媚も何もなく笑いかけてくれて、心やさしい私の大好きな友達だ。嫌いになんてなれるわけがない。




「…赤司っち」

「なんだ」

「学校暗くて怖いんで腕組んでもいいっスか」

「だめだ」

「ですよねー」



――ただ、黒子っちの隣に並んでいるのが羨ましいだけ。

赤司っちに言葉を投げかけて返されて黙る。そしてまたくだらない冗談じみた言葉を投げかけて、短く返されて黙る。

時々ちらりと盗み見た黒子っちと桃っちに胸を痛ませながら、赤司っちとの会話を淡々と繰り返していると、あっという間に屋上についた。

先頭を歩いていた赤司っちが屋上の扉に手をかける。

ギイ…と重い音を立てて開いた扉の奥に見えるのは、見慣れたはずの屋上のフェンスで。



「わあ…っ!すごい!すごいっスよ!」



見慣れたはずの屋上は真っ暗で、なんだかいつもと違うように見えて、内緒で夜の学校に潜入した時みたいに胸がドキドキした。

両手を広げて屋上を駆け回る。

いつもと少し違う時間、違う場所。それだけで見慣れているはずの皆の顔は、ほんの少し違ったように見えてまた胸がまたドキドキした。



「緑間、望遠鏡」

「組立てるのか?」

「当たり前だ」

「…面倒くさいのだよ…」

「何か言った?」

「いや…」



ぐちぐちとまた文句を零しながら、組立天体望遠鏡を組み立て始める赤司っちと緑間っちにちょっと笑いながら、私はどてーっと屋上の床に上向けに寝転がる。

夏だからじめじめして暑いのかなあなんて思ってたけど、案外風が涼しくて本当によかった。

視界にはいっぱいの星。流石に手を伸ばしても届きやしないんだろうが、なんかちょっと掴めそうかも。なんて。

どれがどれでどう結べばどの星座になるのかはわからないけど、この星空がとても綺麗だということは馬鹿な私でもわかる。

風も涼しいしちょっとうるさいけどそれもまた心地いいような気もして、私はそっと目を閉じた。


家に帰っても、ただなんとなくご飯を食べて宿題して、それからお風呂に入って寝る。

星なんて別に見ても見なくてもかわらないし、どうでもよかった。

――星ってこんなに綺麗なものだったんだ…

ちょっとだけ、人生損してた気分。星に対する考えが少し変わった自分にちょっと笑いながら、耳を澄ます。




「寝転んでたら制服汚れちゃいますよ」

「へっ!?」



ずっと聞きたかった、隣で聞いていたかった声にハッと閉じていた目を開ければ、そこには一面の星ではなく

大好きな水色が星をバックに映っていた。いつもとは違うそのシュチュエーションに胸がとくんと音をたてる。



「く、黒子っち…!」



ずっと話していたいと思ったのに、いざこう話しかけられるとは思ってなかったから、ちょっと驚いて上ずった声で名前を呼んでしまった。

黒子っちは腰を曲げて寝転んでいる私と見下ろしているようで、私がポカンとしていると「変な顔ですね」とくすっと笑った。



「な、え…く、ろこっち…」

「はい」

「桃っちは?」

「桃井さんはあっちで青峰君とアイス食べてます」

「アイス…」



なんだ意外とあっさり離れたのか。屋上に来る前は「テツ君アイス一緒に食べようね!」って言ってたのに。

――なんだかちょっと拍子抜けかもしれない。

まあそれで黒子っちと一緒にいられるならそれでいいけど。むしろ嬉しいことだけれども。



「はい、これアイスです」

「あ、ありがとっス…」



黒子っちから渡された少し汗をかいたゴリゴリ君ソーダ味。

起きあがって黒子っちの髪より少し濃い色の袋を開けると、今度は黒子っちと同じ色くらいのアイスが顔を出す。

隣に座った黒子っちにドキドキしながら顔が赤くなった事に気付かれないよう、薄茶色の棒を握ってソーダ味のアイスをぱくりと食べた。

しゃり、となったゴリゴリ君。ソーダ味が口の中に広がって、冷たい。


(黒子っちを食べたらこんな味するんスかね…?)


黒子っちの汗が黒子っちの少しピンク色の頬流れて、白い肌の喉につうと伝った。

心臓がバクバクと音をたてる。なんでそんなエロいんスか、本当に食べちゃうっスよ。


(無防備すぎるっスよ…もー…)


このときだけは、こういうことに対して押せ押せな自分の性格を、少しだけ恨んだ。

しゃり、と黒子っちがゴリゴリ君を食べる音がやけに耳に届いて、そのたびにもうしかしたらこんな事考えてんのバレてんじゃないかって心臓が痛いくらいなる。



「黄瀬さん」

「なっ、なんスか?」

「早く食べないと溶けかけてますよ、ゴリゴリ君」

「へ?…あ、本当」



黒子っちがいつもの真顔で指さした方を見ると、そこには薄水色の雫がもう少しで私の手に落ちるところだった。

やべっ、とつい荒い口調が出そうになって、それを呑み込むように慌てて指に零れ落ちたゴリゴリ君のアイスを舐めた。

ほら、好きな人の前では可愛い私でありたいじゃないっスか。



「ありがとっス、」

「いえ。」



いつの間にか食べ終わっていたらしい。黒子っちは最後の一口をぱくっと食べて、何も書かれていないその棒を、アイスが入っていた空の袋に仕舞い込んだ。

黒子っちは、アイスの棒とか噛んだりしないんだなあ、と黒子っちの仕草を見てふと思った。

そういえば、バニラシェイクを飲む時もストローを噛んだりしない。

飲みにくいからかもしれないけど、ほら癖ってぼーっとしてるとつい出るじゃないっスか。そういうの黒子っちってないな。



「今回はハズレでした。捨ててきますね」

「はいっス、いってらっしゃい」



そう言ってゴミ箱にゴミを捨てに行った黒子っちの後姿は、やっぱりいつもと一緒のようで少し違って。

でも一つだけ、いつもと変わりないそれに、私はゴリゴリ君を1口食べて星を見た。



「ほんと、かっけーっスわ」
 
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