短編4

□傷口に爪跡
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※夢主が年上ヤンデレです。苦手な方ご注意ください!




私は最近とてもイライラしていた。

誤解しないで欲しい、私は理由もなく苛々するほど理不尽な人間ではない。

この腹の底をじわじわと侵食するような苛立ちにもちゃんと理由は存在する。ただ今回は少し抑えが効かないだけだ。

それでも苛立っていることをバレないように普段の微笑みを維持しながら、私のベットに堂々と居座って窓の外を見つめ続けている愛おしい彼を一瞥し、救急箱をバタンと閉じる。

するとその音に違和感を感じたのか彼、棗くんがこちらをじっと見つめる。



「なにカリカリしてんだよ」

「そう?してるかしら?」

「してるな」



あらバレちゃった、と余裕のあるお姉さんを演じながらおちゃらけたように静かに笑ってみせる。

彼は何も言わない。

ただこちらをじっと凝視する棗くんの顔が、窓から差す月明かりに照らされて脆く触れたら壊れてしまいそうな危うさと同時に、地面に這い蹲る力強さも感じた。


しばらく見つめあった後、痺れを切らした棗くんが不服そうに眉間に皺を寄せたのを合図に私も一度視線を外し小さな笑みを零す。

救急箱をいつもの場所に戻してから棗くんが座っているベットに近づき彼の肩を軽く押す。

なんの抵抗もなくぽすんと棗くんのからだがベットに沈む。

珍しい。いつもは嫌だ嫌だとだだをこねたり不機嫌になったりするのに。

なんて頭で思いながらも口には出さず笑みを作って見せる。



「腸が煮えくり返っているの、」




あからさまに、隠す気もなく驚いた顔をした棗くんの綺麗な黒髪を指で梳く。

やめろ、だとか暴言も吐かず、為すがままになっている棗くんにああなんて可愛いのだろうと愛おしさがふつふつと湧き上がってくる。

と同時に、腹の底から苛立ちと怒りが湧いてくるのを感じた。

黒髪を指に絡ませたりある程度遊んだあと髪から頬にするりと指を滑らせる。



「ねえ棗、」



三日月の如く釣り上がる私の口元に、棗くんの肩があからさまにびくついた。

わかってる。彼は、私がどうして苛立ちを募らせているかは知らないけれど自分に非があることをわかっている。

でも残念、今回は少し違うのよね。



「私と誰を重ねてるの?」

「――…」



棗くんの真紅の瞳がゆっくりと見開かれる。

私の指が棗くんの色付いた頬を行き来する度棗くんの体が震えるのがわかる。



「ねえ、だぁれ?」

「…誰とも」



強がるようにぎゅっとベットのシーツを握り意志のしっかりした瞳で私を貫く。

虚勢を張る姿も可愛くてたまらない。

くすりと微笑みながら、動かしていた指をぴたりと止めて優しく彼の頬に手を添える。

そして、



「嘘つきね」

「ッ…!」



親指の腹で棗くんの目の近くを力強く押し上げる。

痛みで棗くんの綺麗な顔が歪む。その度体の底からゾクゾクした気持ちのいい何かが迫ってきて自然と笑みが零れる。



「私は私、ほかの誰でもない、君だけの私よ。誰かと重ねるなんて愚の骨頂だわ」

「っ…重ねてねぇ」

「本当に?この栗色の髪を見て何も思わない?誰かを連想させたりしない?」

「――っ」



その言葉に、棗くんの体がぴくりと微かに跳ね上がった。

ほら、図星だ。

片手で自分の色素の薄い髪を見せつけるように軽く梳いたあと、もう一度「ね?」と問う。

――数ヶ月前に転校してきた棗くんと同い年の栗色の髪をしたツインテールの少女。

私の髪はあの少女よりかは薄く、どちらかと言えばクリーム色に近いけれど棗くんが私とその子を重ねて見てることなんて、私にはバレバレだった。


(ああなんて、忌々しい子なのかしら。)


指の腹で押していた場所に爪を立てると棗くんの手が私の腕に添えられる。

女の私よりまだ小さくて、大切なものをこぼさないように無くさないように守り続ける不器用な傷だらけの可愛い手。

でも、いまはその手の感触すら楽しむ余裕なんてない。



「両目で私だけを見ないなら、片目なんていらないわよね?」

「やめろっ」

「片目なら私を見られるし生活だって多少不便かもしれないけれど普段通りにできるしなんせ任務にだって役にたたなくなるから仕事は回ってこなくなるわ。ふふっ万々歳じゃない?」

「ダメだ、やめろ」



嫌だと叫び私の腕を強く掴み必死に拒否するも今の私に叶うわけがない。

守れるものも守れなくなるのがそんなに嫌?君が望むなら私があの子達を守ってあげる。

愛する人の真っ赤な右目に手を手をかけながら恍惚の表情を浮かべる私と、恐怖の色に染まる愛する人。



「…ああでも潰すのはすこし惜しいわね。少し痛いけれど抉り出しましょうか」

「やめろっ!本当に重ねてなんかねえ…!好きなのはお前だけだ」


「………ふふっ冗談よ」



伸ばしていた指を引っ込めてもう一度綺麗な黒髪に手を添えて微笑む。

だって両目で私を見てくれないのは少し残念だもの。それに、私だけを好きと言ってくれた。

瞳から退かされた手に軽く安堵の溜息をついて揺れる瞳で私を見つめる棗くんの右目にそっとキスを送る。


今回は特別許してあげる。

でも次は許さない。またあの子と重ねた時は片目をえぐり出してあげるし、あの子だけを見つめるならば両目を潰して何も見えない私だけを感じる体にしてあげる。

そう告げると、棗くんは少し呆れたように微笑んだあと「それはお前も一緒だからな」と私の頬を軽く抓った。



「心配しなくても私は君にぞっこんよ」

「アホだろ。浮気とか心変わりなんてしねーよ」

「人の心なんて案外コロッと変わってしまうものよ」

「そんなんお前だって一緒だろ」

「失礼ね私は変わらないわいつまでもね」

「それはどっちも同じなんだよ。…キリがねぇ」



はあ、と溜息をつく棗くんにくすりと微笑み「おやすみなさい」と額にキスを落としたあと私はベットから退いて

時間が経ってすっかり冷め切った飲みかけのココアが入った二つのコップをキッチンに持ってゆく。

お揃いのコップを洗いながら、シンクに流れるジャーっという水音を頭のどこかで聞きながら私はベットの上でぐっすりと寝に入った棗くんを一瞥した後、ぼんやりと思考を巡らせた。


(ああでも)


もし、棗くんの小指に繋がる赤い糸が彼女の小指につながり絡んでいるのならば、


(あの子の小指くらいは切り落としてもいいかしらね)


……なんてね。




傷口に爪跡

  (捨てるというなら共に堕ちる道を選ぶ)


title:これは恋じゃない 蛇足ですが、ちゃんとふたりは愛し合ってますよ…!

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