短編3

□雨上がりに見つけた地図
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ビリビリ、ビリ



「……………」



ビリビリビリ


涼しくて無情な風が吹く屋上から空に破られた白い紙が勢いよく飛んでいく。

そんな可哀想な紙切れを眺めながら私はまた紙切れを風に乗せていく。


ビリ、ビリビリビリ


自分の心の傷も紙に乗せて飛ばせたらいいのに。こんな気持ちも飛んで行ってしまえばいいのに。

なんて、下らないことを思いながら私はまた持っている紙を一枚ずつ破いていく。

また一枚、もう一枚

破いていくうちに紙がだんだんと減っていく。鶴を折って飛ばしても良かったかもしれないと思いつつ最後紙に手をかける


これで、さよならだね。


ぎゅっ、と紙先に力を入れた途端、後ろから勢いよくドアが開く音が聞こえて振り返る。




「なにしてんの!」



走って来たのか息切れをしながらここに来てそう叫んだのは赤い髪をした一十木音也くんだった。

珍しいな、彼が私に話しかけてくるなんて。

こっちに駆け寄ってくる一十木くんに何の感情も持たぬまま、私はもう一度紙先に力を入れる。



「っっダメ!!」

「っきゃ」



一十木くんは叫んで、勢いよく紙から私を引き剥がした。するり、と破ろうとした紙が手からすり抜ける。

唖然とする私に一十木くんは私をキッと睨み言う。



「どうしてこんなことするの…大切な楽譜でしょ?」

「…………」

「こんな大切なの破いて…」



大切?はっと自嘲気味に笑うと一十木くんは唇を噛みしめて悲しそうに私の手を掴んだ。

そんなに噛みしめちゃ血がでるだろうに。そんなことを思った時には私は既に一十木君の腕の中にいた。



「君は音楽が嫌いなの?」

「嫌い」

「どうして?こんなに綺麗なのに」

「綺麗?こんな汚い音が?貴方の目は腐ってるの?」



汚くて歪でぐちゃぐちゃな音。下らないというように吐き捨てれば一十木君は私を抱きしめる力を強めた。

痛い、私が一十木君を拒絶する前に彼は小さく呟いた。「綺麗だよ」。蚊の鳴くような声で呟く。



「俺は君の音楽が好きだよ」

「――………」

「音は素直なんだよ。君の音を聞くだけで気持ちがわかる」



さあ、と涼しい風が頬を撫でる。

恋愛禁止令のココの屋上で男女が抱き合ってるなんて学園長が見たらなんて言うか。

それでも私は、彼を付き飛ばそうとしなかった。今までずっとそうしてきたのに。

それは、私が自分を



「自分を認めてほしかったんでしょ?」



うん、そうだよ。私は認めてほしかった。

音楽を始めた理由は両親が喜んでくれたから、私を認めてくれたから。頑張った、すごく努力した。

でもいつしか両親はそれ以上の何かを求めるようになった。私は両親の理想になろうと頑張った。



「人間は強欲だ」

「………」

「…私はもう疲れた。投げ出して、しまいたい」

「うん」

「全部捨てて…っ逃げ出したい」

「…うん」



視界がぼやける。青い空は透明に近い淡い水色になって、声が震える。ポタリと頬を伝う雫。

ぶわっと強くも優しい風が吹く。



「もういいと思ったの。全部投げ出して逃げてもいいと思った」

「……そっか」

「疲れた、疲れたんだ。」

「うん」



ぎゅう、と一十木君の制服を握りしめれば一十木君は頷きながら私の頭を撫でてくれた。

両親に頭を撫でてもらわなくなったのはいつからだっただろう。暖かい懐かしいなあ

ぽたりぽたりと私の瞳から涙が頬を伝って地面に染みをつくっていく。



「今度さ、俺だけの曲を作ってくれないかな」

「…いいよ」

「ほら、君の曲。大事にしなよ」



泣く私に一十木君は微笑んで、破られなかった最後の楽譜を私に渡してくれた。

私はその楽譜を握りしめ、一十木君に視線を合わせる。ずっと何年も前から見せてなかった笑顔を見せる。



「ありがとう一十木君」



驚いた顔をした後ふ、と微笑む一十木君。クラスの中心に居る元気で健気な彼。

暗闇にいた私を助けてくれた太陽みたいな一十木君。

確かに彼は、私の光になった。彼は私の希望だ。



「ありがとう」





雨上がりに見つけた地図

  (枯れた花が蝶になる夢)

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