短編1

□恋物語のはじまり
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ポーン…と何の飾り気も無い無機質なピアノの音が教室に響く

音を出したピアノの前には一人、私がぽつんと夕日に照らされながら座っていた

何を考える訳でもなく、私はたった一人でピアノと窓から入る夕日の光を眺めている


時計の音と微かに聞こえる私の呼吸、そして廊下を歩く誰かの足音

私には関係ない。そう思い、私は視線すら向けずただ、息をするだけの人形のようにじっとピアノを見つめる

だけど、その足音は私が居る教室の目の前で止まり、誰か入るのかと私は初めてドアに視線を向けた

それと同時に教室のドアが開いて少しだけ息の切れたような声が聞こえた


「…神宮寺レン」

「やぁレディ」


神宮寺レンは私のパートナーで少しだけ寂しい私と同じ人形みたいな人。そんな認識

神宮寺レンは私の長い髪を一掬いし、ちゅっと口付けて私を見る


「恥ずかしがらないのかい?」

「恥ずかしがる女の子達の気が知れないわ」

「……相変わらず機械仕掛けの人形みたいだね」

「否定しないわ」


淡々といつもの様に言葉を交わして私達は沈黙を作る。私が、作ってしまう

そう思いながらも私は何一つ表情を変えず、窓の外で楽しそうに遊んでいる一十木音也と来栖翔に視線を向ける

あぁ、楽しそう。心底楽しいでしょうね


「妬けるね。君が他の奴に目を向けるなんて」

「そう」


私は神宮寺レンを視界に入れず、じっと楽しそうに笑い、遊ぶ二人を見つめる

数秒間の沈黙後、神宮寺レンがピアノに置いていた私の手を優しく持ち上げ髪の時と同じように口付けて、言った


「爪にマニキュアを塗ってるね。めずらしい」


そこそこ伸びた爪に塗られている紫色のマニキュアを一瞥して、ピアノに視線を戻し、私も言う


「来栖翔に塗ってもらったの。わざわざ持って来てくれたのに塗らないなんて申し訳ないから」

「へぇ…」


いつもより低く、明らかに不機嫌そうな声に私はゆっくりと神宮寺レンに視線を向けて、首を傾げる

彼は、整った顔を酷く顰め私の爪を睨むように眺めていた


「私は何か失言したかしら?それとも地雷を踏んだ?」

「…どうしてそう思うんだい?」

「貴方の顔、不機嫌丸出しだからよ。とんだ阿保面」


なんの感情も映し出さない漆黒の瞳で神宮寺レンを映していると彼は少し驚いた顔をして悲しそうに笑った

私の心臓は一定の音程を保っていたはずなのに、彼の崩れそうな笑みを見たとたん音を少しだけ変えた


「じゃあ、俺はもう行くよ。またねレ…」


私は最初と同じ姿勢でピアノを見つめている。だけど、二つだけ違う点があった

まず一つは夕日に照らされてできた影が一人分増えた事

そして


「…………………嫌いじゃないわ」

「それは嬉しいね」


私が彼の制服の裾を強く握っている事



 恋物語のはじまり

「だからと言って、好きでもないのよ。自惚れないで」

「なかなか手ごわいね…まぁ、だからこそ燃えるんだけど」


 
 

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