蟲師捏造話 1

□色木筆(P3)
1ページ/3ページ

色木筆 1

 私の名は、狩房淡幽(かりぶさ たんゆう)。
 −−−遠い昔に、私の先祖が、その身の内に封じさせたという、すべての生き物を滅ぼす蟲(むし)を、我が身に受け継ぎ、生まれてきた。その蟲を巻物に封じる為、数多の蟲師たちから、蟲殺しの話を聞いては、その話を呪(しゅ)として巻物に書き写し、身の内に巣食うその蟲を、その文字列とともに、身の外に吐き出し、巻物に封じるーーーその繰り返しが、私の日常だった。
 『狩房文庫』と呼ばれるその巻物は、そうして蟲退治の話をしていく蟲師(むしし)たちにとっても、貴重な読み物だった。それを読めば、数多の先達あるいは同輩たちが経験・見聞きした蟲への対処方法を知ることが出来るのだ。
 かくして、この『狩房文庫』が読みたいばかりに、蟲師たちは狩房の館に寄り、蟲殺しの話を私に聞かせて行った。そうして、この蟲混じりの、蟲殺しの指南書は、また少しずつ増えていくのだった。
 けれど、ただ人の体験した話を聞くのではなく、私も、旅に出て、何かを経験したい!−−−初めて、そう願ったのはいつの頃だったろう?
 が、蟲の巣食っている私の右足は、生まれつき、自由がきかない。そうでなくとも、この蟲を封じられる能力を持った私には、旅に出る暇などあろう筈がなかった。巻物に封じられた蟲は、時に、些細なことで目をさますそれが『外』まで逃げ出さぬように、劣化しかけた巻物から、その蟲混じりの文字列を新しい巻物に移したり、逃げ出しかけていた蟲文字の列を貼り直したりしなくてはならなかった。その上、身の内の蟲を封じだすのに、ごっそりと体力を奪われるのだ。私は、毎日へとへとだった。
 けれど、この蟲を封じられる者は、私しかなく、この、蟲を封じた巻物が封じ込められている洞穴の門を守る館から、私は、離れることは出来ないのだった。
 そんな私の手慰みにとちょっとした土産や、土産話を持って来てくれる者もある。
 ギンコも、そんな一人だった。
 ギンコは、私とは逆に、ひとつ所に留まれない体質だった。あまり集まり過ぎると良くないことが起こる『蟲』を寄せる体質であるギンコは、半年居続ければ、そこを蟲の巣窟にしてしまうのだという。
 けれど、それ故に、常に旅し続けているというギンコの話す話は、私にとって、いくら聞いていても飽きないものだった。
 辛かったことも、楽しかったことも、ギンコは、淡々と語る。
 そして、人も、蟲も、それぞれの在り様のまま在れるようにと考え、解決し、極力、蟲も殺すまいとするギンコのやり方が、私は、とても好きだった。
 それでも、私の片足に巣食う蟲を封じる呪として使えるような話も、いつも半分はして行ってくれるのだったが。

  *   *   *   *   *   *

 そんなギンコが、羽衣(はごろも)、という蟲の話をしてくれた時のことだ。
 珍しく、ギンコが蟲の話だけでなく、その蟲霞のかかった、その山間の風景の美しさを念入りに語ってくれたことがあった。
「本当に、天女の羽衣なんてもんがあるなら、こんな感じかなって思えるような代物だったぜ。ちょうど、桜の咲く頃でな、山間の、なだらかな山の斜面に朝日が当たって、キラキラ光る薄紫色の蟲霞を透かした中に、咲きかけた桜の色が、散り散りにーーー時にはこんもりと固まりになってたりしながら見え隠れしてんだ。その花の色も、濃いのもあれば、薄い色のもあって、新緑の萌黄色なんかも入り混じってたりして、思わず見呆けてしまうくらい綺麗だった。
 お前にも、見せてやりたかったな」
 ぽつり、と最後にそう言い加えて、ギンコは、私の方を見た。
 が、どうしたって、行ける訳じゃない。
 私は、少しむくれた顔をしていたのかも知れない。
 それきり、ギンコは、黙ってしまった。(悪ィ)とでも言いたそうに、ほろ苦く笑って、静かに目を伏せる。こんな時は、謝られるのも辛いから、ギンコは口に出したりはしない。酷いのは、私の方だから。本当に、私にも見せてくれたいと思って、ギンコは言ってくれたのに。
 それでも、そうして虚空を見つめるギンコの表情は、なんだか幸せそうで、私は悔しくなった。
 私だって、ギンコと一緒に桜見をする気分に浸りたい。
「・・・そうだ」
 ふと、思いついて、私は言った。
「ん? 何だ?」
「今度、そういうのを見たら、絵に描いてきてくれたらいい」
「え、絵ェッ?」
 と、ギンコは素っ頓狂な声を上げた。
「嫌か?」
 と、私は尋ねた。
 いい考えだと思ったのに。
 ギンコは、しばし絶句して、
「・・・嫌か、って。絵なんざ描いたこたねえぞ、俺」「描いているじゃないか、いつも。蟲の絵」
「ありゃ、調査用の似姿描きの覚え書でーーー 」
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ