蟲師捏造話 1

□仄かに光る(P7)
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*注意!―――お読みになる前に
『化野先生 襲われネタ』です。ギン化ですが、化野先生が、男のオリキャラに押し倒されて無理ちゅーされちゃって、な話なので、そゆのが嫌な方は読まないで下さい。(但し、キスシーンはありません)


仄か(ほのか)に光る

「ちっ、降り出したか」
 深い内陸の山々を越えて、小さな漁師町に向かう山道を走っていたギンコは、かるく舌打ちをして、背中に負った、旅の必需品やら商売ものが、みっちり詰まった木箱のトランクに、おおいかぶせて置いた外套の襟を、己が頭の上まで、引き上げた。
 降り始めた大粒の雨の粒が、ボツボツと音を立てて、頭上の木々の葉や枝を打ち鳴らしながら、ギンコの上に落ちてくる。
「もう少し、もってくれっか、と思ったんだが」
 が、記憶にある限り、ずっと、旅を棲み処(すみか)とするような生活をしてきたギンコだった。まして、この道は、物売りとしてのギンコにとって上客である、医家の化野(あだしの)の家へと通う道筋だ。こんな時に、雨宿りが出来るような、岩屋や大樹のウロは、幾つか見当をつけてあった。
 この先にある筈の、いちばん手近な岩屋へとひた走る。
 雨除けにと頭から被ったこの外套は、かなりの防水性を持った優れものだが、この度の荷の中には、頼まれ物の書物が入っているので、出来るだけ、湿気は避けたいところだった。
 書物、というか・・・その写しの文書なのだった。化野が医学を学んだ『適塾』という医学校の先輩医家がまとめた、疫学に関する論文の写しなのだ。活字でない上に、かなり達筆な文字で書かれている為、直接雨粒に当たって濡れなくても、しけって文字が滲んだだけで、判読不能になりそうなシロモノなのだった。
 岩屋に辿り着くと、ギンコは、背から、荷を下ろしながら、中を覗きこんで、床岩の濡れ具合を確かめた。
 まわりの地面より、少し盛り上がった上に積まれた岩屋の床岩は、上手い具合に濡れてはいなかった。
 が、岩屋の入り口は西日を背にしているのに、奥の方の片隅が、ほんのりとだが、不自然に明るく感じられた。
 蟲(むし)がいる。
(こいつは・・・まずい先客がいたな)
 『気』−−−と説明していいものだろうか? ヒトが活動する為の力、のようなもの−−−を喰う蟲だ。
 捕えて、硝子壜に入れるのもた易かったが、どんなに厳重に保管しておいても、どうしても逃げられてしまう蟲でもあった。
 蟲が移動したい時に、利用されているだけなのかも知れない、とも思う。
 ともあれ、こんな人里近くに放って置く訳にもいかないが、これから、その人里に出ようという今、捕えていく訳にもいかなかった。
(化野の家から戻る時に、捕まえて行くか)
 光脈筋まで運べなくとも、もっと、この山々の奥深くに移動させてやることは出来るだろう。
 さて。
 この山道を一気に駆け下りて、あの、海に面した小高い崖の上の小道を辿れば、化野の家は、もう、すぐなのだったが−−−
(荷物が、荷物だしな、今日のは)
 瞬時に、意を決して、ギンコは、岩屋の奥に足を踏み入れた。
「邪魔するよ」
 にっ、と口の端を上げて、そう、岩屋の奥に声をかけると、ほんのりと光る蟲のいる方とは、反対側の奥に、木箱のトランクを下ろして、自分は、雨がかからない程度の、手前に坐った。
 ポケットから、蟲煙草を取り出して、火をつける。少し湿気っていたものの、なんとか火がついた。
 岩屋の奥の光が、ふわふわと、こちらの方へと明るみを広げてくるのへ、ふう−−っと、ふかした蟲煙草の煙を吹きかける。
 煙、といっても、蟲煙草の煙は、れっきとした蟲の一種だ。同胞である他の蟲に巻きついて離れない、という性質を持つ為、蟲除けとして、重宝されていた。
 光は、すっと岩屋の奥の方に引っ込んで、蟲煙草の煙を避けると、ぴたりと、そのまま動かなくなった。
 狙った蟲の気配を捕えそこねて、蟲煙草の煙は、岩屋のあちこちをさまよい流れていたが、じきに、ギンコの傍へと戻って来て、よく馴れた猫のように、ギンコのまわりを、幾たびもまわりながら、じきに消えていった。
 煙が消えた後も、岩屋の奥の光は、しばし、じっと広がらずにいるままだった。
 岩屋の中は、薄闇に覆われていた。
 外も、頭上の暗雲は、まだ、たっぷりと雨を含んでいて、暗く、忍び寄る夕刻が、さらに、周囲から明るさを奪ってゆく。
 なぜか夜目が利く、闇色の空洞(ほら)のような左目を持つギンコには、何の不自由も不安もなかったが、暗さに不安を感じるような者なら、心の拠りどころを求めて、つい、ふらふらと、この、ほんのりとした、岩屋の奥の光の方へと、寄って言ってしまうものかも知れなかった。
 そろり。
 と、岩屋の奥の光が、また動きはじめた。
 ほんのりとした光の端が、今度は、触手のように、細く長く形づくられて、光の版図を伸ばしはじめる。
 幾本もの光の触手が、ゆっくりと、這うように、床岩の上をのびてくる。
 そして、その内の一本の光が、床岩についたギンコの手に触れようとしていた。
 ギンコは、また、蟲煙草をふかすと、ふう−−っと煙を吐いた。
「おっ、と。お互い、関せず、と行こうや」
 ギンコに触れようとしていた細い光は、ヒュッと素早い動きで、岩屋の奥の方へと退却した。
 そんなことを何度か、繰り返しているうちに、降り出した時と同じく、雨は、いきなり小降りになって、じきに、ぴたりと止んだ。
 が、空は、まだ赤黒い雨雲に覆われたままだ。
(が、今少しはもつな)
 化野の家までは、もう、すぐだった。
「邪魔したな。じゃ」
 木箱のトランクを背負い直すと、ギンコは、山道を下り始めた。
 歩きながら、もう2,3度、蟲煙草をふかしてみたが、煙は、たわむれるように、ギンコのまわりをまわって消えて行っただけだった。岩屋の先客は、ギンコを追って岩屋を出て来たりはしていないようだ。
 また、降り出さないうちに、とギンコは、化野の家へと急いだのだった。

(二)
 浜から、ゆるやかに続く小道の上の、小高い丘の上に、医家の化野の家はある。
 住み家と診療所を兼ねた、平屋の大きな家で、玄関から向かって右側に、診療室と待合室、その奥には、ちょっとした『入院』を受けられるような小部屋もしつらえられていた。
 担架代わりによく使われる、戸板の上に寝かせたままでも、患者を、診療室の中に運び込めるようにと、外の前庭の側にも、大きな、両開きの扉を取り付けたのだったが、いつの間にか、患者たちは、玄関口から渡り廊下を通って診療室に入るのではなく、この急患用の扉の片側だけを開けて、ここの入り口から出入りするようになっていた。
 その為、診療所がひらいている午前中、この家の前庭は、診療を待つ患者たちで一杯になるのだった。
 午後からは、重症の病や怪我人の患者があれば、彼らのもとへと往診に行く。
 そうして、往診も終えた化野が、夕食の前に、一時、休んでいる頃合を見計らって訪ねてくるのが、薬草売りやら、蟲好みの珍品・お宝好きとしても知られる化野に、そういった品々を売りつけにやって来る行商人やら、ギンコたち蟲師、という訳だった。
 とりわけ、ギンコたち蟲師が持って来る、蟲がらみの珍品に、化野は、目がなかった。
 蟲、という、われわれとは異なる生命(いのち)の在り様をしたモノたち−−−それは、ギンコのように『見える』者にだけ見える、幻のようなもので、化野のように『見えない』性質(たち)の者には−−−まあ、モノによっては見えるモノもあるが、大半は見えない、といったようなシロモノなのだった。
 それが残念でならないのだ、と化野は、言うのだ。
 せめて、そんな不思議なモノたちが存在した証、のようなものが見られるものなら、手に入れて、愛(め)でていたいのだ、と。
 カモがネギしょってるようなものだと思うが−−−実際、どう見ても、蟲がらみとは思えない『お宝』が、ギンコの目に触れただけでも、幾つもあるようだったが−−−それは、化野には、気にならないらしい。どういう基準かは、分からないが、買って後悔しないものだけを買い上げている、と化野は言うのだった。
 ギンコの持ち込む品々は、いつも、結局は、言い値で買い上げて貰えるのが常だった。
 その人が、『蟲が見える』類いか否かとは関わりなく、蟲は、様々な影響を、人に及ぼしてくることがある。そうした中で、人には好ましくない影響を取り除いたり、緩和したりするのが、ギンコたち蟲師の本業なのだった。
 そういった、さまざまな対処をする中で生じた珍品や、不思議な物証のようなものを、化野のような、蟲好みの好事家連中に売りつけるのだ。





























 
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