蟲師捏造話 4

□素敵な壺が…(P20)
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素敵な壺が…

 うららかに晴れた午後。
 次の蟲師仕事は、今の所入ってはいないものの、今少し前に、蟲がらみの珍品を売り付けて懐(ふところ)が潤っているギンコは、まったりと、化野(あだしの)家の縁側で胡座(あぐら)をかいて、蟲煙草をふかしていた。
 商談を終えると、化野は、『珈琲』というほろ苦い褐色の飲み物を、いそいそと淹れて(いれて)きてくれる。たいそう香りのいい代物で、『苦いが、悪くない味だ』と―――たまたま、味見の時に居合わせたいおに言ったら、そのまま、化野に伝わったらしい。以来、殆ど毎度のようにご相伴にあずかっている。
 が、この日、化野が盆に載せてきた湯呑みの中からは、何やら、甘酸っぱい香りが、ほかほかと立ちのぼっていた。
 化野は、ピカピカと目を輝かせながら、
「ギンコ、今日は、ひとつ、こいつを飲んでみてくれ」
 七分目ほどまで湯が注がれた湯呑みの底に、薄い橙色の、何やらトロリとしていそうな果肉のようなものが沈んでいる。
「梅干し湯か?」
 と、ギンコが問うと、化野は、
「まあ、そんなもんだ」
 と頷いて、
「まだ干してない、梅漬け湯だ。梅の未熟果を漬けるのは同じだが、蜂蜜も加えて漬けてある。梅は、胃腸や喉風邪にいいし、蜂蜜は、滋養があって、疲労回復にもいいというんで、今年は、蜂蜜入りのものも漬けてみたんだ」
「ほう」
 一口、口に含むと、完熟梅のようなまろやかな酸味が、口の中に広がった。が、甘過ぎず、塩味も梅の旨味も濃すぎず薄ぐず、旨いしまし汁のように程よい按配だ。ごくん、と飲み込むと、通り過ぎた喉から胃の腑の辺りまでじんわりと温まる感じがした。
 成る程、これは効くかも知れない。
「うん。旨いな」
 と、ギンコ頷いた。
 化野は、ふむふむと満足そうに頷いて、
「そうか。旨いか」
「うん、旨い。これなら、茶漬けにしてもイケそうだ」
「茶漬けかい」
 化野は、カクンて眉をハの字に落とした。が、その面相のまま、真面目に思案顔で、
「う〜む、握り飯の中身とか、か?」
「そいつは、ありがてえ」
 即座に、ギンコはそう言って、化野を見てニッと口の端を上げた。化野は、思わずといった風情で苦笑して、
「じゃあ、明朝の握り飯の中身はコイツにするか」
 しかし何だ、つまらんな、梅オニギリなんぞ普通過ぎて―――
 などと、化野がブツブツ呟いているので、ギンコは、
「普通じゃねえだろ。一味違った蜂蜜入りなんだろ?」
「そうだが・・・梅酢蓮根にしろ、梅おかかにしろ、梅足す何かのオニギリなんぞ、オニギリの中身としちゃあ、そんなに珍しい物じゃあないだろう」
 梅酢蓮根のオニギリは、十分珍しい物だ!とギンコは思う。旨かったが―――
「んな妙なもん、人に食わせたがるなよ」
「妙なもんか。・・・あ? まずかったこともあるのか?」
 一応、自分は好みな味の物をいれてはいるんだが。
 と、急に、化野が困った顔つきになったので、ギンコは、内心慌てながら、「そりゃ、ないが」
「なら、いいだろう」
 と、途端に、化野が両手を腰にあてて胸を張ったので、 ギンコは笑い出した。そして、
「おっと、いかんな。せっかくの梅湯が冷めちまう」
 こくん、こくんと一口ずつ味わいながら、ギンコは、梅漬け湯を飲み干していった。
 その様を、化野は、眉を八の字に下げたまま眺めていたが、
「やはり、大人の味なのかねえ。まあ、味付けは、基本、梅干しと同じだからなあ」
 ぼやくように、そう呟いて、化野は、カリカリと頭を掻いた。
「あ? 子供用なのか、こいつは?」
 だったら、先にそう言ってくれりゃ、ハナからそのつもりで味見をしたのに―――
 と思いながら、化野を見ると、化野は、微笑って、
「いや、子供専用って訳じゃあないが―――子供でも口に合うか、と思って、作ってみたんだが――― 」
 むにゃむにゃと尻すぼみに呟く化野に、ギンコは、
「梅湯を作る時に、また少し蜜を足してやりゃいいんじゃねえか? 子供らにやる時は、でなきゃ、杏で漬けてみる、とか」
 ぱぁっと、また、化野の表情に輝きが戻った。
「そうだな。杏も、胃腸にいいんだよ。疲労回復の効果もある。杏も、酒と氷砂糖でだけでなく、塩と蜜でも漬ければ―――よし! 来年は、杏でやってみよう」
 と高らかに、化野は宣言したので、ギンコは、
「蜂蜜入りの梅の方は、次は、漬けねぇのか?」
 湯呑みを揺すって、底の果肉も湯でさらって飲もうとしているギンコを、お?と目を見開いて、化野は見た。
「何だ、気に入ったのか?」
 ギンコは、ニッと口の端を上げた。
 その時。
 カタカタッ、とギンコの木箱のトランクの中から音がして、ウロ繭に文が届いたことを告げた。
 ぐい、と梅漬け湯の残りをあおって、すっかり飲み干した湯呑みを盆に返すと、ギンコは、テランクを開いて、中の引き出しの一つからウロ繭を取り出した。文抜き専用の鉤付きの蟲ピンを使って、紙縒り(こより)のようにして引き出した紙片を広げて、文を読む。
「急ぎの仕事か?」
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