蟲師捏造話 2

□無題(旧拍手文/原作『草の茵』ネタ)(P1)
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無題(旧拍手文/原作『草の茵』ネタ)

 旅を棲み処とするような暮らしをしていると、山里から山里へと野山を抜けて行くような道筋の方が、金もかからないしで良かったりする。雨さえ降らなけりゃ野宿も出来るし、山の中の一軒家や山中の集落に住む人らは大概、通りすがりの者にも優しい、素朴で真っ正直な人が多い。そりゃ、中には、村をあげてヨソ者を忌み嫌うような村もあるが、そういうのは、アレだ
、過去に、流れ者の誰かが、そこで悪さをしたからなのだ。旅の醜恥も掻き捨てが過ぎると、ご同業の、別の誰かに、そのとばっちりがいく、と言う訳だ。
 そして、巡り巡って、いずれは、自分にも返ってくる。その時に後悔しても、もう、遅いのだ。
 時に、思いがけない形で返ってくることがある。
 あの時。
 あの山の『ヌシ』となるべく生まれてくる筈だった鳥の卵。
 そう―――確かに、あの時、ギンコは、その卵に悪心を抱きはした。が、それは一時だけで、卵をちゃんと巣に返すつもりだったのだ。決して、故意ではなかった。でも、壊してしまった。たとえ、一時でも、ギンコが、その卵に悪心を抱かず、巣から取り出したりしなかったなら、無事孵っていた筈だったのだ。
 誰にも、そこに在ることを望まれない自分―――蟲を寄せ、己が寄せた蟲から逃れるために、安住の地すら持てない我が身と引き比べて、その山じゅうに望まれて生まれ出で、その山の『ヌシ』となるその卵を、たとえ数瞬でも、羨みさえしなかったなら。
 ギンコ自身、決して故意ではなかったその死を、これほどに重く抱え込むことはなかったと思う。
 あの時。
 理(ことわり)と呼ばれる、蟲と人の世を統べる法に従い、自分が守ってきた山の『ヌシ』の誕生を妨げてしまったギンコに、その山を守ってきた蟲師スグロは、言った。
『俺は、お前を許すわけにはいかない』と。
 そう―――あの時、とうに、スグロは許していたのだ。ギンコを―――だから、ああ言ったのだ―――哀れんですらいた、と思う。
 生まれ故郷を知らず―――旅先で、時に親切な人と出会っても、蟲を寄せる体質ゆえに、そこを故郷と定めることも出来ずに、わざと蟲を寄せ、それを祓うと称して食べていくしかなかったギンコを―――己に害なす蟲の祓い方すら教えては貰えずに、ただ利用されては捨てられていたギンコを―――それしか、生き延びてゆく術を知らなかったがゆえに、そんな生き方を自ら選ぶしかなかったギンコを―――
 そんなギンコが、山じゅうに、その存在を望まれて生まれてくるモノを羨み、その力を我がものにしたいと願ったことを、哀れ、とスグロは思っていた。
 あの時。
 スグロは、ギンコに言った。
『理(ことわり)に、戻ることを許されたんだ。この世のすべてが、お前の居るべき場所なんだ』と。
 許せない、とは言わなかった。
 そう、気づいた時、ギンコは、苦い贖罪としてではなく、本当に『理を守る』側にまわったのだと思う。
 スグロは、理というものを、ギンコに教えてくれた。


 

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