蟲師捏造話 3

□縞尾(P4)
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*今回の話は、蟲好みの化野(あだしの)先生の所へ、ウチのオリキャラ蟲師(むしし)のオンジさんが、縞栗鼠に擬態するという蟲『縞尾』を売り込みに参りました話と、「こっちが本編じゃないですか?」とのご指摘をいただきました、その、ギン化な蛇足編です。

縞尾(しまお)
 〜謎の蟲名No.7 ナガレゴエ[Pattern1]〜

 ごめんくださいませ。ごめんくださいませ。
 おお、ごめんくださいませ。こちらは、町医家の化野先生のお宅でございますか?
 ああ、いえ。こちらに、蟲がらみの珍品・奇品を集めていらっしゃるお医家の先生がいらっしゃると聞き及びまして、訪ねて参りましたのでございます。
 はい、蟲師でございます。オンジと申します。
 おお。先生、ご本人でいらっしゃいましたか。
 初めて、御目文字(おめもじ)いたします。
 はい。本日は、ぜひ、化野先生にご紹介させて頂きたい!と思いますモノがございまして、参りましたのですがーーー
 おお、中でじっくりと話を聞きたい、と?
 ありがとうございます。それでは、失礼して、上がらせて頂きます。ヨイショと。
 嫌でございますねえ、もう、ちょっとの動きで、こう、掛け声が出るようになってしまいまして。年、なんでございますかねえ。頭の中身も、もう、スカスカになってきてしまいましたのでしょうか、話し方がそぞろと申しますか、うまく道筋を立てて、そうそう、『簡潔に』話すのがなかなか難しくなってまいりまして。口さがない者たちには「ムクチ」と呼ばれて、笑い囃されて(はやされて)おります次第で。は? いえいえ。勿論、無い口の無口ではございません。六つ口のある六口というのだそうでーーー非道い言い草でございましょう?
 まあ、しかし、確かに、私ら商人にとって、大事な商売道具でありますこの口も、人が一言で説明してしまえますようなことを、六つ言かけねば説明出来ないような有り様になってしまいました。ご注意いただきたい事柄をご説明します時など、まるで講談のような、とまで言われてしまいます始末でございます。
 はあ、それならそれで面白いーーーでしょうか? ありがとうございます。
 このように、立て板に水の流れで話し続けられるのならば、むしろ、頭の中身は大丈夫、脳の病ではあるまい、と? ああ、ありがとうございます。化野先生にそう言っていただけますなら、私も、心安らかでいられます。
 まあ、蟲師なんてものをやっておりますと、しばしば、蟲師以外の方々に蟲の説明をしなければなりません訳でーーーそういう方々の中には、蟲が見える方々もいらっしゃいますが、いわゆる『妖質(ようしつ)』が乏しくて、蟲なんぞまったく見えん、とおっしゃる方々も、はい、大勢いらっしゃいます。
 蟲が見えない方々には、例えば『カミツキムシ』のどこが頭で尻尾なものだかーーーそもそも、そこにその蟲がいるのかどうかさえ分かりません訳ですからーーー見えるものなら、ただ、その蟲の頭を避けて通ればよいだけのモノでも、その「避けて通る」ことが出来ぬのですからなあーーーまあ、蟲のことなぞ分からぬから、蟲師を呼ぶんでございましょうがーーーともかくも、そういう方々にも、もう、その蟲に悪さをされることがないように、と処理し終えました後の対処方法を、こうこうこうと説明して行きますわな。しかし、私ら蟲師にとっては常(つね)のことでも、蟲師以外の方々にとっては思いもよらぬこと、というのが多々ありましてーーー常のことと思えば、つい、ご説明しそびれますでしょうーーーしかし、それを言い置かなかったばっかりに、またその蟲によります障り・不具合が生じまして、呼び戻されたり、お叱りを受けたりしますようなこともあるのでございますよ。
 まあ、一度処理した蟲のことでございますから、大概は、大事には至らずに、処理し直せばよいのでございますが、中には、命に関わりますような障りにまで発展する場合もございます。はい、はい、おそろしいことです。
 まあ、そんなことも、時にはございますから、ここまで言い及びますのは、老婆心か?とは、しばしば思いながらも、アレも、これも、そうそう、あんなことも、稀にはございますので、どうぞご注意下さい、といったようなことまでも、すべてご説明しておかねば、と想いますと、ついつい、こう話が長くなっていってしまいます訳です、はい。
 おお、そういう長話なら、ちっともかまいませぬか。ありがとうございます。
 購入した蟲のことを、知っていることはすべて、こと細かに説明していってくれるというのは、むしろ、ありがたい、興味深く楽しいことだと? ありがとうございます。そう言っていただけると、心が軽くなります。本当に、化野先生は、蟲がお好きなのでございますねえ。しかし、どうぞお気をつけ下さいませね? この辺りは、光脈(こうみゃく)に近いお土地柄。他所(よそ)では大した悪さも出来なかったような蟲でも、ひと度この地に入れば、力を得てーーーといったようなことも、時には、ございましょうから。
 おや、怖いことを申しましたか? ははは。いやいや、怖がっていらっしゃるようにはお見受けいたしませぬが?
 おお、でも、この町には、頼りになる『お抱え蟲師』がいるから、大丈夫、でしたか。ほうほう。でも、流しの蟲師の方でーーーああ、蟲を寄せますのか、そのお人は。それでは、一つ所に住みつく訳にはゆきませんわなあ。はあはあ、蟲を寄せ過ぎぬ程度に、定期的に寄って、見て行ってくれますのか。ほう。町の隅々まで見回って、危うい蟲がいないか等、調べて回ってくれますのか。それはそれは、働き者の蟲師さんでございますなあ。それで、その報酬の方は、いかほどで?ーーーああ、いえーーーほう、それは珍しいやり方ですねえ。ふむふむ。それは、よいお仕事でーーー
 ところで、その蟲師さんのお名前は?
 ああーあ、ギンコさんでしたか。ふむふむ。
 ああ? いえーーー
 あ、こちらのお部屋ですか? では、失礼いたします。
 おお、気持ちのよいお庭でござますねえ。
 すぅーっ。
 くん?
 くんくんくん。
 おお、何やら、スーっとしますような、良い匂いが香っていますようなーーー
 障子を、すっかり開け放していらっしゃいますのに、蚊やぶよの類いが、殆ど飛んでおりませんですなーーー蚊は、おそろしい熱の病を人から人へと運ぶことがある、と聞いたことがございますが、やはり、お医家の先生のお住まいは、その辺の対処も万全に出来ている、ということなのでございましょうか。
 いったい、どういう秘訣がおありなのですか?
 おお、この香りが、その秘訣なのでございますか。『薄荷(ハッカ)』、の香りでございますね。
 それに、どこからか、ほのかに菊の香りも運ばれてまいりますようなーーーおお、あちらに咲いておりましたか。綺麗な桃色ですねえ。実に、見事なーーー しかし、一重の菊の花で中輪、というのは、珍しいのではございませんか? はあ。あれは、ジョチュウギクというのですか。はあはあ、虫を除く菊と書いて『除虫菊』とーーーおお、あれらも、虫除けなのですね?
 ほう。こちらに生えてありますのは、桔梗ですね。あちらの大きな茂みは、芍薬の葉のようですね。こちらも薬草、でございますか? はい、薬用の芍薬畑の中をよく通らせていただいていたことがあるものですから。あちらの枝ぶりは、梅でございますね? ほう、花より団子ならぬ実梅でございますか。はっはっは。もしや、このお庭の花も葉草も皆、薬草なのでございますか? ほう、梅干しも万病の薬ですか。はあはあ。いやいや、薬草園を兼ねたお庭というのも、なかなか! よいものでございますなあ。
 はあ、では、失礼して、この荷を、ヨイショと。
 ありがとうございます。これは、ふくふくとしたお座布団でございますなあ。では、このお座布をお借りして、私も、ヨイショと。
 はあぁぁ・・・
 おお、これはこれは、ありがとうございます。
 ごくん、ごっくん、ごくっ。
 あああぁあぁああぁ、臓腑に染み渡りますなあ。
 では。
 この度は、化野先生に、ぜひ御覧いただきたくーーーと申しますか、はい、蟲好みの『蒐集家』と呼ばれていらっしゃいます皆様方の中でも『蟲通』でいらっしゃいます化野先生にならば、コレをお譲りしましても大丈夫なのではないかと考えまして、ご紹介しに参りました。
 はい、蟲です。
 正真正銘の蟲、なのですが、しかし、珍品の、生きている蟲として、よりも、むしろ、心癒される哀願物として欲しがられるお客様の方が多いモノでございます。
 いえいえ。この度、お持ちしましたモノは、大変珍しい蟲でございますよ。滅多にない掘り出しモノでございます。
 まあ、捕獲されること自体が、そもそも滅多にないことなのでございますがーーーはい、大人しいでしょう? いきなり、ガブッと噛み付いたり、暴れたりはいたしませんよ、コレは。はい、このようにーーーヨッとーーー餌やりなどの為に、この壜の蓋を開けましても、逃げ出したりせずに飼われている、というのが、さらに大変珍しいのでございまして。
 まあ・・・十年に一度、と言ったところでございますか。
 そう、大変に珍しいモノです。
 その上、手のひらの上で、餌を食べさせることが出来るのでございますよ!
 これほどのモノが売りに出ることは、なかなかございませんよ。『名人』の異名を持つ蟲飼育師が丹精込めて育て上げました逸品でございます。
 うんッ、と。
 どうぞ、この硝子壜をお手にとって、中を御覧下さいませ。
 可愛らしいでしょう?
 『縞尾(しまお)』といいます。
 いえいえ、呼び名ではありません。蟲名です。
 『ナガレゴエ』の仲間です。
 はい。縞栗鼠(シマリス)そっくりでしょう。このように、縞栗鼠に擬態しているのが常である蟲なのです。幼生期を過ぎれば、あとは一生の大半を、このように縞栗鼠そっくりな姿に擬態して過ごす、と言われています。
 オス・メスがあるかどうかは、まだ、はっきりとしたことは分かっていませんが、雌雄の別はないのではないか、という見方が、蟲師の間では一般的です。
 増え方も、残念ながら、よくわかっておりません。
 はあ。『縞尾』は、『管狐(クダギツネ)』と同様に、人に飼われた歴史は意外とあるのですが、あまり研究はなされていない、という未だ謎の多い蟲でありまして。
 無論、蟲ですから、われわれとは異質な生命の在り様でこの世に存しているモノです。ですが、擬態しております縞栗鼠の性質もかなり持ち合わせておりまして。はい、そこのところがまた、この蟲が、広く人気のあるところなのですよ。
 おや、動き出しましたな―――硝子壜の壁のそちら側に、ぐいぐいと鼻先を押し付けていますなあ。化野先生のお手の上に行きたがっているようでございますよ。
 どうです? この毛並み、色。つや。黒目がちな、大きな、つぶらな瞳。げっ歯類特有の大きな前歯に、細くて、小さな、華奢な前足。あの後足は、さして爪をきかせずとも、どこへでも軽やかに飛び移ることが出来る、見事な跳躍力を備えておりますし、ご覧ください、あのもふもふとした、愛らしい尻尾。
 ああ、この尻尾は取れやすいので、どうぞお気をつけ下さいね。
 いえいえ、不良品ではございませんよ。
 先ほどご説明しましたように、擬態しております縞栗鼠の性質も、かなり持ち合わせておりまして。はい。縞栗鼠の尻尾というものも、捕食するものに捕らえられた時に逃れやすいように、簡単に取れると言いますか、削げると言いますかするようになっているものなのだそうですな。それと同じように―――まあ、『縞尾』の場合、若干の違いはありますが、『縞尾』の尻尾も―――
 ああ、ご心配なく。『縞尾』は蟲ですから、取れた尻尾は、拾ってまた付けてやれば、簡単に、またくっ付きます。そうですね、普通の縞栗鼠とは違うところです。
 は? では、これは、普通でない縞栗鼠、なのではないか、ですか?―――はっはっは。いやいや、普・通の『縞尾』です、コイツは蟲、ですからな。
 ただ、付けてやる場所をお間違えになりませんように。
 まあ、間違えましたら、また取り外して、付け直してやることも出来ますそうですが、何度も付け直したりしますと、身の危険を感じるようになりますのでしょうね、逃げてしまったり―――それに、取った貼ったの繰り返しは、体力も消耗するのでしょう、可哀そうに、すぅ―っと消えてなくなってしまったりすることもありますそうで―――
 はい。大変に勿体無いことです。
 ああ。それはもう。蟲好みの収集家の方々にだけでなく、普通の縞栗鼠好きの方々にも、大変人気がある蟲でして。
 『縞尾』の飼育方法でございますすか?
 難しいんじゃないか、と?
 いえいえ。そのようなことはございませんとも。本物の縞栗鼠を飼うよりは、ずっと飼育しやすうございますよ。そこのところが、普通の縞栗鼠を飼いたくても飼えない諸事情のある縞栗鼠好きの方々に、大変、喜ばれておりますところでございまして。
 では、まずは餌ですが、基本的には、縞栗鼠と同じものを食しますそうです。
 『名人』は、この『縞尾』には、一日二回ほど与えてやるのが丁度よいようだ、と言っておりました。
 量、ですか?
 『縞尾の餌』でしたら、この一皿で一回分です。ヨイショと。これです。はい。この『縞尾の餌』は、『名人』が、吟味の上に吟味を重ねて、『縞尾』の飼育に適した、足りぬ栄養素のない餌を作り上げましたものでして、いろいろな種やとうもろこしを潰した
物、乾燥させた果実など、いろいろなものが混ざっているものなのだそうです。
 ああ。一回の分量が分かりづらいようでしたら、『縞尾の餌』専用の、この餌入れ容器がございますので、はい、この餌入れに、山を作らぬよう、擦りきり一杯で、一回分です。
 はい、それだけです。
 いえいえ、決して、少なくはありませんよ。『縞尾』は、こんな小さな蟲なのですから。
 加えて、週に一回程度、栄養分の調整を兼ねて、ドングリやヒマワリの種、それに肉類や野菜も少々、オヤツとして与えてやっていただければ、毛づやが保てますし、それらを配分よく含んだ便利な『縞尾のオヤツ』も用意してございます。
 はい。それは、もう―――『縞尾のオヤツ』も、『名人』が吟味の上に吟味を重ねて―――はっはっは、それは、どうでございましょうかねえ? 『縞尾』には食べられても、人には食べにくいものもございましょうから。
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