蟲師捏造話 3

□イタズラか、ご馳走か(P2)
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イタズラか、ご馳走か

 そろそろ乏しくなってきた光酒を手に入れる為に『講』にやって来たギンコは、『講』の始まりを待つ間に最新の『光脈図』を買おうと、『光脈の番人』=流浪の民ワタリの出店に立ち寄った。
「よう、ギンコ」
 店番をしていたのは、イサザだった。ギンコが十余りの頃、約一年程、このワタリの一員であった頃からの幼馴染みだ。
「達者にしてたか」
「おかげさんで。そっちは、どんな調子だ」
 いつもの如く挨拶を交わして、
「最新の光脈図か?」
「おう。よろしく頼む」
 と、いつもの買い物をする。
 『光脈図』を貰ってお代を渡すと、イサザは、ジッとギンコの顔を見つめて、棒読みの口調でこう言った。
「イタズラか、ご馳走か」
「ご馳走」
 と、即座に、ギンコは答えた。イサザは、ニッと笑って、
「あ、知ってたか。もう、誰かに言われた?」
「万聖節だろ。いや、誰にも言われてねえが。ってか、まだ早えだろ」
 とギンコが言うと、イサザはキョトンとして、
「何それ、万聖節って? まだ早い?」
「毛唐の百鬼夜行ごっこみてえなもんだと」
「ええ、何だろ、お化け屋敷―――いや、百物語みたいな?」
「あー…里でやる月見団子盗りと七夕のローソク貰い行列合わさったみてえな―――って、言い出しっぺはお前だろうよ」
「いや、ちゃんと知ってんだな、ギンコは。こっちは、西洋のお子様達が、駄菓子貰って歩く、子供のお祭りだと―――」
「そうそう。化け物の格好して練り歩くんだと。何だよ。アメ玉でもくれんのか?」
「大人は違うんだよ」
「あ?」
「サナが花街で聞いてきたんだけどな、聞かれた方はな、イタズラはされる方、ご馳走はする方―――」
「ぶっ!」
「ご馳走にしてくれんの、ギンコ?」
「イヤイヤイヤイヤ! そいつは、万聖節じゃねえし、全く!」
「あははっ。でも、何だよ、今更―――ははーん、ひょっとして、例のセンセイに操立てしてんのか、ギンコ? 青いねえ!」
「自分はしといて、相手にはするな、とは言えんだろう」
 ヒュッとイサザは口笛を吹いた。
「するな、って言ったんだ」
「悪いかよ」
「いやいや。いいねえ、青い春。じゃあ、ほら」
 と、イサザは、懐に手を入れると、取り出した小袋の中身をころんと、ギンコの手のひらに転がせた。
 ギンコは、それを見て、
「お、『ななつぼし』の巣の…こいつはスミレ香か?」
 『ななつぼし』というのは、花の花粉や蜜を使って、真ん丸い繭のような巣を作る蟲だ。蟲が巣立った後の巣は、生花のように、いや、その花の生の花よりも香り高く、また、長く日持ちもするので、採取して街場で売ると、けっこう金になる。
 イサザは、
「食える種類のがほしい、って言ってただろ。ボリジの蜜と花粉で出来てるヤツだ。洋物の花だが、砂糖漬けにしたりして食う花なんだと」
「ほう。じゃあ、ひとつ、頼む」
「珍しいな」
 と、イサザは呟いた。ギンコも頷いて、
「さすがに、この時期になると、もう、ここらじゃ見つかんねえし―――山の高い所の花なんだろう、このボリジ?ってのも」
「山じゃ、花も蟲の巣作りも下より遅いからな。―――って、珍しいって言ったのは、そこじゃないし」
「あ?」
「お前が値切んない、ってのがさ」
「いやいや。一個=一枚以下なら、他所へ回すって、もう決まってんだろうよ」
「まあね。サナが、花街の姐さん方に、いつも頼まれてっからな。お前は、例の蟲好みのセンセイん所へ持って行くのか?」
「あー」
「ん? 食えるのって―――『万聖節ごっこ』すんのか、そのセンセイと? 『イタズラか、ご馳走か』」
「いやいや、売りもんだって。頼まれてるんだよ。もひとつ、今度は、食える種類のがほしいって」
 と答えて、ギンコは、ふと、何か思い出した風に目をしばたかせると、口調を変えて、
「イサザ、イタズラか、ご馳走か」
「イタズラ」
「…ご馳走って言えよ。でないと、続かんだろう」
「あははっ。なら、ご馳走」
 ギンコは、彼の木箱のトランクから小さな紙包みを取り出して、イサザの手のひらに乗せた。
「ほれ」
「あ、金平糖(こんぺいとう)?」
「貰いもんだ」
「例のセンセイからかい?」
「いや。薬袋家&狩房家主催のの、『蟲ピン的当て大会』の時に当てたヤツだ」
「ははっ、センセイ手ずからの貰いもんなら、他人(ヒト)にはやれねえか。いやいや、ありがとな、ギンコ」
「化野から貰ったこともある。日持ちするから、非常食になるだろうってな。実際、重宝したよ」
 だから、イサザにも、と―――
「そうか。ご馳走さん、ありがとな」
 にこっと爽やかに礼を返すと、イサザは、またニヤニヤと片頬を上げて、
「ふーん、アダシノセンセイ、か」
 意味深げに復唱するイサザの言には気づかぬフリで、ギンコは、
「湿気ると、溶けてベタベタになるから、除湿キノコモドキと一緒に仕舞っておくといい」
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