蟲師捏造話 3

□ギン化眼で読む『日蝕む翳』-1 縁側のお天道さん(P2)
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ギン化眼で読む『日蝕む翳』-1 縁側のお天道さん

 暖かく、風も穏やかなある日の午後。
 蟲師のギンコは、彼の蟲がらみの珍品売りのお得意様でもある、医家の化野が住む小さな漁師町の小路を歩いていた。
 この町へ来る前―――数日前の日蝕の折りに、ギンコは、ちょっとした大仕事をしてきたのだった。とある山間の里で起きた『日蝕み(ひはみ)』という蟲による災いを収束させてきたのだ。何しろ、天と地の間に集う蟲の群を祓ってきたのだから、大仕事と言っていいと思う。が、厄介なことになる前に収束したので、まぁ、蟲師にはよくある対処方法の、ちょっとした仕事の範囲内で落ち着いたのだった。
 日蝕、というのは、お天道さんが月の影に隠れてしまう為に起きる現象なのだそうで、その現象が起きると、しばらくの間、辺りが薄暗くなる。その薄暗い妖光を、多くの蟲が好み、力を増すので、日蝕の折りには、蟲気(むしけ)にあてられる者が多く出るという。
 それなので、ギンコは、医家の化野にもちょっとした蟲患いの対処が出来るようにと、過去の日蝕の折りに起きたという蟲患いの症状やそれへの対処方法を記した文(ふみ)を―――対処に入り用な薬や光酒やらも一緒に同封して―――送っておいたのだった。
 浜から里山へと続く斜面に、棚田のように建ち並ぶ石垣や家々の合間を縫って、化野の家へと登って行く。
 常とは道筋を変えて、町中を練り歩くようにして来たのだったが、途中、この町では今まで見かけたことのなかった蟲や―――その中でも、里に居ては良くない類いの蟲を見かけることもなく、平穏だった。
 まぁ、『日蝕み』は、ギンコが張っていた里に出ただけなので、この町では大事はなかっただろうと思うが―――実際、どんな按配だったのだろう?
『日蝕の折りには、蟲が騒ぐので、普段は蟲が見えない者にも見えたりすることがある。ソレとは知らずに、良くない蟲に手を出してしまうようなこともあるかも知れん』
 と―――蟲患いの対処方法をまとめて、薬も仕入れて送る前にも、一度―――文をやったら、
『蟲の捕らえ方を教えろ』
 という返事が返って来たっけが―――
(ちょっとは見えたんだろうかね?)
 やがて、辿り着いた化野の家にも、妙な蟲の姿も気配もなく、平穏無事だった。(蔵の中に新しく仲間入りした蟲が居る筈だったのなら、この家の主にとっては無事とは言い難いかも知れないが)
 前庭は静かだから、今日の診療は、もう終わっているようだった。往診に出ている時の戸締まりの仕方でもない。たぶん、化野は、中庭に面した居間か縁側の辺りに居るのだろう、とギンコは見当をつけた。
 玄関口には寄らずに、直接、中庭の方へと足を運ぶ。
 化野は、居た。
 座した膝の上に、ぶ厚い書物を載せて―――
 縁側の柱に背もたれて胡座(あぐら)をかいて、ギンコの真正面に、体をこちらへ向けて―――
 ―――もしかして。
(待っていた―――のか、俺を?)
 日蝕に因る蟲の障りを片して、無事に、ギンコが帰って来るのを。
 が、化野は、ぷいと目を眇めると、野太く声を低めて、
「……おぅ、今頃、来たか」
 何とも、恨めしげな様相だが、こんな不機嫌さの元には心当たりがあった。(そうか―――そいつは、残念)
 ギンコは、ポケットの中の包みに手を触れた。
 『日蝕み』の゙核゙の欠片(かけら)をくるんだ包み。
(もしも、日蝕の後、蟲が見られるようになっていたなら……と思っていたんだが……)
 『日蝕み』の゙核゙の欠片自体は、生命を活性化させる強い力を持つモノだ。使い方によっては、ヒトにもいい作用をもたらすと思って、持って来たんだが―――
 日蝕が終わった後も、どころか、日蝕の最中、妖光の真っ只中でも、化野は、蟲を見られなかったようだ。
 が、いつもの平易な口調で、ギンコは、
「その様子だと、思惑は外れたようだな」
 どどん、と見得をきるような勢いで、化野は立ち上がった。
「あぁ!! 結局、蟲なんざ見えやしねぇ」
(この様子じゃ、売り付けようにも、化野の目には、コイツはまったく見えんな)
 そんな、ギンコの内心のぼやきを知らず、化野は、地団駄を踏むように気勢を上げている。
「ふつ――に、日蝕、始まって、ふつ――に、あっという間に終わっちまった。これといって、何事も起こりゃしねぇ」
 両の腕を振り上げ、手振りも付けて、悔しがる。
 蟲の所為で重篤な病になった蟲患いの患者も、幾度か、共に診てきたが、この男の、蟲を愛でる気持ちは変わらない。
 浜で聞いた話では、日蝕を見ようと皆が浜に集まった時、化野は、目を傷めずにお天道さんを見る為の特殊な眼鏡の他に、蟲籠と蟲取り網も―――と言っても、本当に蟲用の道具であったものかどうかは、分からんが―――持参して来て、日蝕の間、暫し、蟲取り網を振り回していたそうだ。
 まったく、屈託がない、と言うか―――
 もっとも、
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