パラレル系☆蟲師捏造話

□稲葉のアダシマリス(P3)
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稲葉のアダシマリス

 稲葉の、ある小さな山に、化野(アダシノ)というなの縞栗鼠(シマリス)が棲んでいた。
 とても好奇心が旺盛な、働き者の器用な栗鼠で、成栗鼠(おとな)になっても、一匹だけで暮らしていた。
 秋ともなれば、それは沢山の木の実を埋め蓄えては、無論食べきれずに芽を出させ、森の木々たちにも喜ばれているのだったが、この化野栗鼠、蓄えるのは、冬場の食料にする木の実類だけではない、といった辺りが、『とても好奇心が旺盛』と言われてしまう所以(ゆえん)だった。カラスよろしく光り物を集めたがる、とかいう訳ではないが、食べ物や寝床の敷き藁などといった、いわゆる生活必需品以外にも、化野栗鼠にとって珍しいもの、不思議なものを見つけると、つい巣に持ち帰って来てしまう、という癖があるのだ。おかげで、とうとう寝場所もなくなってしまった、元の棲み家の巣穴は、そうした珍品ーーー化野栗鼠にとってはお宝ーーーを仕舞って置く為の別宅にして、今は、別の、これまた大きな巣穴に移り住んでいる。
 化野栗鼠の右目の周りだけ、片眼鏡をかけたように毛の量も毛色も薄いのは、そんな癖の為に仕出かしたとある失敗のせいだったが、懲りもせず、また、色々なモノを集めている。困ったもんである。
 そんな化野栗鼠の、奇妙な蒐集物自慢も聞いてくれる、友達の、白い山猫のギンコには、『得体の知れんモノには、手を出すな』とか、『この山のモノならともかく、出所(でどころ)の知れんモノまで、巣穴へ拾って来るなよ』と言われるのだったが、分からないものほど、不思議で、心惹きつけられ、それがどういうモノなのかが気になるのだから仕方がなかった。
 ただ、この新しい、大きな巣穴に移ってからはよく遊びに来てくれるようになった白山猫のギンコが、『こっちの巣穴にゃ、絶対に、お前の蒐集物は入れんなよ』と言ったので、それは、化野栗鼠も心がけていた。
 『好奇心、猫を殺す』という諺があるが、その猫に、好奇心を諌め(いさめ)られてしまう化野栗鼠なのだった。
 もっとも、そう言うギンコ猫だって、彼の縄張りであるこの山の中で、妙なモノが見つかれば、徹底的にーーー嬉々として、調べ上げていることを、化野栗鼠は知っている。
 『調べてえ!』と言って、まん丸になった瞳を光らせている時の自分の様が、『欲しい!』と言って、目をランランと輝かせている化野栗鼠の様と同じだ、似た者同志でお似合いだ、と皆に言われていることを、白山猫のギンコは知っているだろうか?
 ただ、白山猫のギンコが、化野栗鼠とは違うところは、そうやって、すっかり調べ終えて、危険がないことが分かれば、ギンコ猫は、化野栗鼠が欲しがりそうなものなら、ソレを、惜しげもなく、化野栗鼠にくれてしまうところだった。
 あー、いや・・・勿論、それだから、という訳ではないが、化野栗鼠は、白山猫のギンコが大好きだった。
 そもそも、山猫なんぞというものは栗鼠を食べるものだと思うが、白山猫のギンコは、違うのだ。いや、食べられないことはないのかも知れないが、化野栗鼠は、白山猫のギンコに噛まれたり、舐められたりしたことはなかったし、他の縞栗鼠たちが、この白猫ギンコに食べられてしまった、と言う話も、聞いたことはなかった。
 白山猫のギンコの主食は、鼠や栗鼠などの小動物ではなく、天然記念物の西表(いりおもて)山猫のように、魚を獲って食べて暮らしているのだった。猫のくせに、水に濡れるのを厭わない、狩り上手ーーーいや、漁上手な、とても珍しい猫なのだった。
 白山猫のギンコは、そんな奴だった。

(二)

 ある日のこと
 いつものように、化野栗鼠が、枝から枝へと樹木の上を飛び回って、食べ物やその他の物を探していると、隣山との境の泥んこ沼の辺りの地表に、奇妙な文様が描かれているのに気がついた。
(何だ、あれは?)
 あの辺りの泥土は、確か、かなりの広さで底なし沼になっている筈だった。
(いったい、何が起きて、あんなになっているんだ?)
 早速、化野栗鼠は、近くへ行って調べてみることにした。
 山の外れの木の上から眺めてみると、広い底なし沼の泥土の、こっちの岸から隣山側の岸まで、形も大きさもマチマチな、円とも角の丸い三角や四角形とも見える歪(いびつ)な水玉状の文様が、幾つも、まるで押し合いへし合いしているかのような姿で広がっていた。
 都合よく、その水玉模様の泥土の上に大きく張り出している大枝があるのを、化野栗鼠は見つけた。その大枝に登ると、化野栗鼠は、真上から、泥土に浮かんだ奇妙な水玉文様を、よく観察してみた。
 黒いつぶらな瞳をくりくりと動かして、ようく見てみると、小さな羽虫が数匹、その文様の上に止まったまま羽を震わせているのが見えた。水玉模様の泥土の表面は、どうやら、ねばねばしているようだった。が、小鼠のような小動物までは止められてはいないところを見ると、その粘着度は、そう強くはないようだ。
 実際、触って確かめてみたいと思って、枝の上で腹這いになって、小さな前足を精一杯伸ばしてみたが、空を掻くばかりで、爪先すら届かなかった。ぷらん、とぶら下がってみれば、後足の先で触れる(さわれる)かも知れない、と次の手を考えたものの、そうだ、思いのほか粘着度が強くて、そうやって、ちょっと触ってみるつもりだっただけの足指が、そんな、奇妙な地面にくっついて離れなくなったりしたら、大変だ、ということに思い至って、止めにする。
「うーん・・・ 」
 枯れ枝の先に少ぅしだけ掻き取ってから、触ってみるか。
 長めの枯れ枝を一本拾ってくると、化野栗鼠は、また、いびつな水玉文様の上に張り出した大枝の合い間から前足を伸ばして、ちょいちょい、と泥土を突付いて、掬い取ってみた。
 が、泥土と思っていたソレは、蜂蜜のようにとろりと左右に分かれて流れ落ちると、また、静かな水面のような、水玉文様の地面に戻ってしまった。
「ううむ。うまく取れんなあ」
 と、思案顔で、化野栗鼠が呟いていると。
 ひょこ、と水玉文様の中から、何かがカオ?を出した。
(おや?)
 河童か?
 いやいや。緑色の皮膚をしているようだが、背中が甲羅じゃないし、頭に皿もない。それに、ここは泥土だ。川じゃない。
「誰だい、お前さんは?」
 と、化野栗鼠は尋ねてみた。
 すると、その奇妙な生きモノ?は、
「ワタヒコ」
 とこたえたので、化野栗鼠は、にこっと笑って、まずは挨拶をした。
「ワタヒコさんか。初めまして。俺は、化野という。縞栗鼠だ」
「アダシノトイウシマリスダ」
「そうだ。化野だ。縞栗鼠の」
「ソーダアダシノダトイウシマリスノ」
「ん?」
 どうやら、固有名詞のみならず、普通名詞やその間の助詞等も全て、名前の一部だと思われてしまったようだ。
 考えて、化野栗鼠は、自分を指さしながら、言ってみた。
「化野。縞栗鼠」
「アダシノ、シマリス」
「そうそう」
 と、化野栗鼠は頷いた。
「化野だ。縞栗鼠の」
「アダシノダ、シマリスノ」
 うーん・・・
 もう一度、重ねて言う。
「化野。縞栗鼠」
「アダシマシマリス」
「化野。縞栗鼠」
「アダシマ、リス?」
「化野」
「アダシマ」
「化野」
「化縞」
 ・・・ん?
 などと、教えていると、もう一匹、ひょこ、と顔を出して来たモノがいた。少し小さいが、このワタヒコそっくりだ。
「おや、初めまして」
 と、にっこりと会釈をして、化野栗鼠は、その、もう一匹にも、挨拶をした。
「いやあ、本当にそっくりだなあ、お前さんたちは。兄弟かい? お前さんーーーそう、そちらの君だ。名前は?」
「ワタヒコ」
(名字なのかね?)
 と、化野栗鼠は思った。
「お前さんもワタヒコかね。こんにちは、ワタヒコくん」
 と、化野栗鼠が挨拶をすると、ひょこ、ひょこ、ひょこひょこ、と次々と、湿地の水玉の中からカオが飛び出してきて、
「ワタヒコ」
「ワタヒコ」
「ハジメマシテ。ワタヒコダ」
「オレは、ワタヒコだ」
「ワタヒコ」
「ワタヒコだ」
「うわっ、これはーーー?」
 仰天して、思わず、身を反らした化野栗鼠は、大枝から、つるんと滑り落ちてしまった。
「わあっ!」
 とっさに細枝を掴んでぶら下がった化野栗鼠の下に、ワタヒコたちが集まって来た。足場を探して、ぷらぷらと揺れている化野栗鼠の足先に、ちょっとネバネバした手のひらのようなモノが、ぺとっと触れて、心持ち強く持ち上げる。
「おお、支えてくれるのか? すまんな」
 思わぬ助っ人に喜んで、化野栗鼠は、振り返ってお礼を言うと、とん!とその手を蹴って、枝の上に跳び上がろうとした。
 が、別の手がにゅっと伸びてきて、跳び上がった化野栗鼠の足裏にぺとっと触れて、ぐぐぐいと持ち上げた。
「うわ?」
 跳び上がろうとした、その足裏ごと押し上げられて、跳び上がれずに失速する。
 が、驚く間に、ひょろひょろ〜っと異様に長く伸びて来た、沢山の緑の手のひらに、化野栗鼠は、高々と担ぎ上げられてしまった。
 その手のうちのいくつかが、化野栗鼠の体のあちこちを、ぺたぺた触り始めた。
「あっ、こら、何をするんだ! やめなさい!」
 が、ワタヒコたちは、嬉々とした声を上げて、
「リスだ」
「栗鼠だ」
「縞栗鼠だ」
「あっ、こら、何てところを!」
「男だ」
「縞栗鼠の男だ」
「細い」
「へこんでる」
「身重(みおも)じゃない」
「はあ?」
「身重じゃない、男だ」
「身重じゃない男の縞栗鼠だ」
 足裏より上の方を触るワタヒコたちの手が少し減ってきたので、化野栗鼠は、
「こらこら、離しなさい」
 と言って、その手を払いのけながら、よっ、はっ、とっ、と何とか平衡を保って、その手のひらの上に立ち上がった。
 が、いつの間にか、跳び上がって元の大枝の上に戻るには、棲み家のある山の側からは離れ過ぎていた。かくなる上は、隣山の側の岸へと跳んで下りるしかんし。そちらへは、ぽーんと跳べば、何とか渡れそうなくらいに近くに見えた。が、何しろ、足下は、微妙に高さの違う、ぶよぶよした手のひらの集合体の足場であるので、ぐらついて、なかなか跳ぶ体勢が整わない。
 隣山の側の岸辺には、大きな草叢があった。あの中に、何か、怖い生き物が隠れていさえしなければ、あのふかふかしていそうな辺りに跳びこめば、怪我をせずに済みそうか、とも思ったが、しかし、他所の山のことなので、本当の所はわからない。
 不意に、その草叢がガサッと動いた。
(熊だ!)
 のっそりと頭を上げた大きな熊が、そこの草叢の上から、ジッと化野栗鼠を見据えていた。
 この熊の体格ならば、立ち上がってちょっと前足を伸ばせば、楽に、化野栗鼠を捕まえてしまえる近さだった。
 後ずさって、逃げ出したかったが、後ろに退ける場所など、もう、化野栗鼠にはありはしなかった。
(万事休す、か!)
 いまわの際に念仏を唱えれば、極楽浄土へ行けると言うのは、鶯(うぐいす)たちの受け売りだが、とっさに化野栗鼠が唱えた?のは、大好きな、白山猫の名前だった。
「ギンコ!」
 熊は、大きな体を揺すって、むんっ、と立ち上がると、ジッと化野栗鼠を見据えながら、鋭い爪のついた前足を振り上げた。

(三)

 白山猫のギンコは走っていた。
 『ウロ森急便』の黒猫綺(あや)から届いた伝書のせいだ。
『綿吐』の棲む山境の泥んこ沼の向こう山の、『踊ろの森』に棲む、熊のクマドからの言伝(ことづて)だった。
『化野栗鼠は俺が預かった』
 走りながら、白山猫のギンコは考えた。
(『預かった』−−−とは、どういうことだ?
 獲って喰おうと、捕まえてみたら、化野栗鼠が、俺の名前でも言ったのか? それで、俺が、捕まえたものの、もっと肉付きよく太らせてから喰おうと思って飼育している栗鼠だ、と考えたとか。いやいや、そんなに肉付きよくならなくても、今くらいの細腰でーーーその方が狭くて、具合がいいーーーじゃねえや。そう思われたせいで、まだ無事だというなら、そういうことにして、化野にも口裏合わせて貰って、引き取って来るかーーー)
 夜闇の中では一際目立つ、全身真っ白な毛並みをした山猫のギンコを、『半可者(はんかもの)』と言い捨てた、白地に黒眼鏡と黒タイツ模様の熊の姿を思い出す。
(『返して欲しくば、取りに来い』ってか?ーーーよもや、返さんつもりじゃあるまいな)
 熊猫クマドの巣穴など、今まで用がなかったから知らないが、ギンコ猫は、ただ、闇雲に走っている訳ではなかった。
 薬袋(みない)クマドの巣穴の在り処は、老熊猫の薬袋たまーーーおたまさんに訊ねれば、教えて貰えるに違いなかった。
 熊猫おたまが、住み込みでお世話をしている、うら若き乙女の熊猫、狩房淡幽(かりぶさたんゆう)お嬢さんの巣穴を、ギンコ猫は訪れた。
 右の後足が動かないという淡幽お嬢さんの身の安全を守る為、なのだろうが、来る度、巣穴の出入り口が変わっていて―――それでも、白山猫のギンコには、すぐに見つけてしまえるのだが―――そんな秘密の出入り口から、あからさまに訪ねて行っていい訳がないので、いつも、どこから声をかけたらいいものか、迷ってしまう。
 さて、どっちを向いて呼ぼうか、と辺りを見回していると、
(・・・何だ)
 とでも言うような、厳しい誰何(すいか)の視線を感じて、白猫ギンコが振り返ると、大きな笹の葉をいっぱい銜えたおたまさんが立っていた。
(ギンコ、お前か)
 と頷くのへ、
「どうも」
 と頭を下げる。
「今日は、頼みがあって来た」
(ついて参れ)
 と、熊猫おたまは、目線と頭で示して、秘密の出入り口へと白山猫のギンコを誘った(いざなった)。まずは、この笹の葉をお嬢さんの膳へ届けてから、というのだろう。
 おたまさんにとっては、万事、淡幽お嬢さんのお世話が最優先なことは、分かっていたが、
「すまんね。急ぐんだ」
 と、ぽつりとギンコ猫は言った。
 熊猫おたまの足取りが速まった。その後を、ギンコ猫も、速足でついて行ったのだった。

(四)

 熊猫クマドからギンコ猫への言伝(ことづて)だという伝書を、おたまさんにも見せると、
「なるほど。これだけか」
 とおたまさんは言って、すぐに、熊猫クマドの巣穴の在り処を、端的に、分かりやすく教えてくれた。
 おたまさんの傍らで、右の後足だけが黒いという、熊猫としては不思議な模様の毛並みをした狩房淡幽お嬢さんが、お膳の笹を食べている。
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