ギン化版flat蟲師捏造話

□ギン化版flat蟲師1「幼い恋」(P2)
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幼い恋 2

 が、それらの物の傍へと寄って行ったり、触ろうとしたりはしなかった。
 やがて、ぐっと唇を結ぶと、化野は、板間の向こう側の隅の方へと、トコトコと歩いて行った。そちら側の隅には「けの」と見易く、ひらがなで名前が書かれた大きな巾着袋が置かれていた。それを両手で抱えて戻って来ると、化野は、子供にはちっとでか過ぎな文机の前に、ちょこんと正座した。
 ちら、とギンコの方を見る。
 が、ギンコに眺められていることが、不快な風ではなかった。
 やわらかな表情を浮かべたままで、化野は、巾着の口を開いて、両手を目いっぱい伸ばして、ごそごそとその中の何かをさがし始めた。
 どうやら、『何かして、一緒に遊んで』はやらなくてもいいようだ。
 ごろり、とギンコは、板の間に横になった。片腕を枕にして、寝転んだままで、子供の動きを見守る、と言うより、ただ、眺めていた。
 蟲師の庵の中なんぞ、見るからに、子供がちょっと悪戯してのぞいたり、触ってみたくなるような物ばかりだと思うのだが、『お子様』ともなれば、躾がいいので、そういう悪戯はしないらしい。
(これなら、子守りもいらねぇかもな)
 感心した面持ちで、ギンコは、小さな化野を眺めていた。
(でも、まぁ、俺も、最初は、何でも触ってみたりはしなかったかねぇ?)
ここに拾われて来た以前の自分が、どんな暮らしをしてたのかは知らない。ただ、他人の家の物を、勝手に触ってはいけない、ということは身に付いていたように思う。
 が、それは、おそらく『それ以前』も他人の家で暮らしていたからだろう。と、ギンコは考えた。他人の家で暮らす、身寄りもない子供には、好き勝手にしていい物などひとつもありはしない。
 やがて、袋の中から、色々な大きさのどんぐりを取り出すと、化野は、文机の上にそれらを並べ始めた。矢立と、わら半紙を綴じて作った帳面を広げて、どうやら、お絵かきの準備が出来たようだ。
 ふと、ギンコは、己が上衣のポケットの中にある物を思い出した。
 むくり、と起き上がって、ギンコは、化野に尋ねた。
「なあ。お前、どんぐりが好きなのか?」
 振り返って、化野は、じぃーっとまたギンコの顔を見つめて、こっくり頷いた。
「名前、ある」
「あ? 名前?」
(つけてんのか? このどんぐり、ひとつひとつに?)
 驚いて、思わず目を見ひらくと、化野は、殻斗が三つ割れに巻き上がったどんぐりを、小さな手のひらに載せて、嬉しそうに、
「これ、スダジイ」
 いや、子供って、こうだったっけか・・・と思い直すが、しかし、なんで、スダ爺なんだろう。ヒゲか? それとも、どんぐり眼のスダって爺さんがいるのか、などと考えていると、
「これ、ウバメガシ。これ、アラカシ。これ、コナラ・・・ 」
 文机の上に並べていたどんぐりを、また、ひとつひとつ手に取っては、ギンコの前に掲げて見せながら、得々として、化野は、彼のどんぐりの名前を言い連ねた。
(ん? コナラ、アラカシ・・・ )
 ギンコは、合点した。
(楢に、樫か−ーーあ、スダ爺ね。なんだ。名前って、木の種類か)
 実は、どんぐり、というのは、ブナ科の木の実の総称で、一見、どれもみな同じに見えるどんぐりも、木の種類が違えば、丸さや大きさなど、よく見れば、単に個体差というのでなく色々違っている。殻斗の形などは、実を外せば、これもどんぐりの殻斗とは思えないくらい、ちょっと見、全然違って見えるものもある。ギンコも、子供の頃、色んなどんぐりを拾って来ては、スグロや、珍品買いの学者の先生がたに訊いて、色々教えて貰ったていたので、いくらか知っていた。
 道すがら、あまり見かけない、花のような殻斗をかぶったまま落ちている綺麗などんぐりなどを見つけると、拾って胸ポケットに入れて『旅の道連れ』などと洒落こんだり、猫ジャラシなどの穂をふりふり持ち歩いて遊んでみたりするのは、実は、今もだ。
「へえ。本当に学があんだなあ、お前。じゃあ」
 と言って、ギンコは、上衣のポケットからそれを取り出すと、
「こんな花みてぇな殻斗かぶったままで、こんな綺麗なの、ちょっと珍しいだろう。この辺じゃ、ちょっと見かけねぇ奴だろう。欲しかったらやるよ」
 てのひらに載せて差し出すと、化野は、目を見開いて、その変わったどんぐりを見つめ、じぃっとギンコを見つめた。
「ほれ。ん? いらねぇのか?」
 化野は、じぃっとギンコの顔を見つめているままだ。
 なんだ、いらないのか。
 多少がっかりしながら、ギンコは、伸べた手を引っ込めようとした。すると、慌てたように、化野は、
「俺! ・・・貰って、いいの?」
「ほれ」
 と言って、ギンコは、小さな手を掴んで、花のような殻斗におおわれたどんぐりの実を、ころんとその手のひらに載せてやった。
「あー、木の名前は訊くなよ? クヌギだかアベマキだか柏だか、俺にも分かんねぇから」
 こっくりと頷いて、化野は、その実を大事そうに両の手のひらの中に包み込んだ。うん、訊かない、というのと、欲しい、貰う、と言うのと、たぶん両方の意味なのだろう。
 ギンコも、頷いて、
『そうか。じゃあ、やるから、しまっとけーーーじゃあねぇなあ、まだ。じゃあ、貰っとけ」
「ありがとう!」
 ぱぁっと陽が射したみたいに、化野の顔に満面の笑みがひろがった。
 手のひらに包んだどんぐりを、そ・・・っと目の前に置いて、にこにこ、じぃっと化野は見つめた。ちら、とギンコを見て、また、にこにこと、花のような殻斗のどんぐりを眺めやる。嬉しそうに、また、ちら、とギンコの方を見やると、化野は、筆を取って、ギンコから貰ったどんぐりの絵を描き始めた。
 ギンコは、傍らからその絵を眺めやっていたが、
(なんか、栗みてぇだな)
 もっとまん丸い筈の実のてっぺんが尖って描かれているし、菊の花びらのような殻斗の鱗斤の描き方が、全部一直線だ。
 ギンコは、ごろりとまた横になった。
(そう言や、『栗も、どんぐりの仲間のうちだ』とかって、誰だったか学者先生が言ってたっけ)
 まあ、なんにしろ、小さな化野が、どんぐりを見ながら栗の絵を描こうが、今のところ、ギンコも、化野も、他の誰も、ちっとも困りはしない。
 化野が、ちら、とまたギンコを見やる。
 それへ、にっと笑みを浮かべて見せると、化野もにこっと笑って、また机の方へと向き直った。また、お絵かきの続きにもどったようだ。
 小さなな背中を、漫然と眺めやっているうちに、ギンコは眠くなってきた。
 知らず、瞼が落ちていく。やがて、ぴったりと目が閉じて、ギンコは、深い眠りの底へと落ちていったのだった。

*  *  *  *  *

 ちら、と振り返るたびに、綺麗な碧色の瞳が、温かく化野の目線を受け止め、笑んでくれる。
 が、何度目かに、化野が振り返ると、白髪の若い蟲師は、すっかり目を閉じてしまっていた。
 化野は、がっかりした。
 あの綺麗な碧色の目を、もっと、何度も見ていたかったのに。
 そっと向き直って、端正な寝顔に見入る。
 ちら、ちら、見てないで、最初に見た時みたいに、もっと、ずっと、じぃっと見ていればよかったと思った。
 でも、疲れているのだろう。とても。だって、こんな、自分の身ひとつ分もありそうな大きなトランクを背負って、山の中を旅して来たのだもの。たぶん、このトランクの中には、化野の両親に頼まれた薬草が一杯に詰め込まれているのだ。
 それなのに、胸ポケットには、あんな素敵などんぐりまで入っていてーーーそれも、惜しげもなく、化野にくれてしまった。
 今は、無造作に腹の上に載せられているギンコの手。ごつごつとした大きな手が、包み込むように、小さな化野の手の甲を掴んで、花のような木の実を、手のひらに載せてくれた。
『木の名前は、俺に訊くなよ?』
 と言って、おどけた低い声。
『しまっとけ』
 と言って笑んだ、温かな碧の眼差し。
 その目は、今はぴったりと閉じられて、眠っている。
 目を、開けてくれないだろうか。
 もう一度、温かなあの碧色の瞳に笑いかけてもらいたい。
 でも。
(疲れて、眠ってる)
 西日が、長い影を落としている。
 今はまだ大丈夫だけど、もう、じきに寒くなる。
 自分の大きな巾着袋の中から、お昼寝用の掛け物をそうっと引っ張り出すと、化野は、それをギンコにかけてあげようと、そろうり、そろりと近寄って行った。
 そうっと、そうっと近づいて行くが、大丈夫、ギンコは眠っている。
 ふわ、とギンコの背と腹を覆う。
「ん・・・?」
 むくりと、ギンコは頭を上げた。
 きゅ、と思わず、化野は首をすくめた。
 目を覚まさせてしまった! そうっと近寄ったつもりだったのに!
 が、半分ほどひらいた碧色の右目は、化野の姿を認めると、また暖かな笑みを含んで、
「ああ・・・ほれ」
 ここに来い、と言っているかのように、ギンコは、掛け物ごと軽く片腕を上げると、化野がすっぽりもぐりこめるくらいの洞を示して見せた。
 躊躇したのは一瞬だった。
 背中に下りてきた掛け物と長い腕につつまれて、かたい胸にぴったりと頭を持たせる。
 ギンコの呼吸が、また、深く穏かな寝息の音へと変わってゆく。
 ゆるやかな心音が伝わってきて、化野は、とても満ち足りた気持ちになった。
 ここは、とても静かで、あたたかい。
 すり、とその胸に額を摺り寄せて、化野は目を閉じた。END

作品後記
 見て見て! 今回の表紙絵!
 という訳で、今回の話は、HP&サークル名=CLASS6の奥田真由様のギン化なイラストをGETするべく、奥田様がBlogにて描かれてました多重パロイラスト「花」のお二人をイメージモデルとして書きました。その野望が達せられまして、まずはGINCAが大変満足しておりますこの冊子です♪ ご自分の新刊準備もおありのところを、イベント日も迫ったお願いをご快諾下さいました奥田様に感謝です! 本当にありがとうございます!
 さて。まずは、舞台設定の補足を。
 @蟲師世界です。
 Aこのギンコは、「蟲師」原作第3巻「眇の魚」後すぐ(=推定10歳)、スグロに拾われ、「蟲師」原作第9巻「草の茵」にて次期ヌシの卵を壊すことなく、スグロの庇護のもと、ワタリや流しの蟲師に預けられたりしながら育ち、蟲師として一人立ちして間もない、18〜20歳くらいのギンコです。
 Bちび化野は、スグロの住む山里の医家夫婦の三男坊で、女医さんなお母上にたがねさんを据えて捏造してみました。
 という訳で2、このflat蟲師シリーズの主題?は、『ヌシ殺しの汚名を背負わぬギンコ』。加えて、『原作の「眇の魚」から「草の茵」の間の荒んだ生業のような、悪いと知りつつ悪いことをする修羅の道を選ぶ必要がなかったギンコ』です。それでも、ギンコなら、スグロみたいな大人を見て育てば、ああいうギンコに育ったと思うの。例えば、原作第8巻「泥の草」の草介の伯父に言った「それを追求するつもりはない」という台詞も違ったものにはならないんじゃないか、と。
 心は、風のように自由。
 頑張れ、ウチのギンコ!
 ・・・『蟲師』原作&オフィシャルブックによりますと、ギンコの年齢は二十代後半で、ギンコと化野先生の関係は『蟲師と客の医家で、友人』。ですが、このシリーズは、原作に描かれてましたその僅かな設定すら切り崩して、殆ど色々細部に至るほど捏造です!! どうぞ、『蟲師』原作ーーー特に、第1・3・5・9巻を読んで、正しい設定をご確認下さい♪
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