蟲師捏造話 2

□フイリバ(P13)
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フイリバ2

 以来、ギンコは、他の仕事や、気になる蟲の噂などが耳に入らない限り―――また、化野からの火急の依頼でもない限り、来訪の間隔はほぼ月に1回、滞在も普段は長くて2泊―――蟲を寄せ過ぎず、出来得る限り近い間隔で通うには、と以前から色々試行していた結果―――とは、化野は知らないが―――そう己に定めて、かの人のもとへと通っている。 いや、それ以外にも、ギンコが、この化野先生のもとへ足繁く通う理由があった。
 この先生、蟲好みで、無類の蟲がらみの珍品・お宝好きで、ギンコの持ち込む蟲がらみの珍品を、殆ど、言い値で買い上げてくれるのだ。お得意様、というのは、どちらかと言わなくても、蟲患いの治療を助けるお医家の『おかかえ蟲師』としてと言うより、むしろ、こちらの意味での割りが格段に高い。
 それに―――
 もちろん、恋人だから。
 もともと、旅慣れた、贅沢知らずのギンコではあるが、このところ、身も心も、何と言うか、豊かな気持ちで旅していられるのは、この、化野という恋人がいるからだった。
「あ?」
 文を読み始めたギンコの眉は、気遣わしげに寄せられていった。
 それは、化野先生の住む小さな漁師町を含んだ海辺の一帯が、流行病(はやりやまい)と思われる特異な病に侵された、という文だった。
 皆まで読み終えると、ギンコは、力を込めて頷いた。
「ああ。頼まれた」
 ウロ繭をしまって木箱のトランクを閉じると、ギンコは、そそくさと、残りの蕎麦をすすった。
「ごちそうさん」
 木箱を背負って、立ち上がり、歩き出す。
(待ってろよ、化野)
 心中、そう呟くと、ギンコは、かの医家先生の住む海辺の町の方に背を向けて、さらに山深くへと続く道へと入って行ったのだった。

(二)

 医家の化野が住む、この小さな漁師町を含んだ海辺の一帯で、とある病が発生した。
『高熱を伴う呼吸器症状に、膨疹』を主症状とするその病は、見た目にも、『肌の一部が広範囲に赤く腫れ上がる』―――特に、『鼻が、真っ赤に腫れ上がる』という特異な症状があり、その為、この病は『天狗熱』と呼ばれていた。 昔から、十数年に一度くらいの割合で、この辺りの里に集団発生している病だという。
 十年前―――
 まだ、『適塾』で、患者も診ながら、疫学の研究を続けていた化野は、当時、この町で町医家をしていた老先生の家に寄宿させて貰い、ここでも患者を診ながら、この『天狗熱』という病について調べに来ていたのだった。そうしているうちに、偶然、その流行(はやり)の現場に居合わせることになり、老先生と共に、この流行病の治療にあたることとなったのだった。
 たぶん、その時の経験―――もしくは、実績?で招かれて、今は、化野がここの町医家におさまっている。縁とか偶然とは、不思議なものだと思う。
 前回の流行が終結した後、自分と老先生の過去の診療録を調べてまとめておいた冊子を取り出して、化野は、ざっと読み返した。
 人から人へ『感染る(うつる)』病と言われて恐れられているが、本当のところは、まだ定かではない。
 患者と一緒に暮らしている家族の中にも、発生しなかった者が二人以上いた症例がいくつもあったし、それが、むしろ、真っ先に病に取りつかれそうな、足腰の弱った年寄りや赤子だった、という例も多々あった。
 もしかしたら、この病に取りつかれた者たちは皆、病の媒体となる何かと接触した為に罹患したのではないか? そう、化野は考えている。
 十数年に一度のこの時期・この界隈の浜辺に漂着する何か―――そういった何かに、そうは知らずに触れてしまうことで、化野の住むこの小さな漁師町をはじめとする、浜辺の町や村に、病が広がっていってしまうのではないか、と。
 ただ、一人この病の患者が現れると、その周囲の者たちにも、次々と同じ病に取りつかれた患者が現れるのではあるから、人から人へ感染る病ではない、とも言えなかった。
 十年前のあの時もそうだった。
 前々と比べたら、随分と命を落とす者は減ったと、あの時、老先生は言っていたが、それでも、近隣の町や村々の患者らも合わせれば、かなりの犠牲者が出たように記憶している。
 幸い、この町の浜辺の砂地に生えている、とある薬草を煮出した薬湯を、飲ませていれば、この病を治せることが、今では解っていた。
 浜に点在するオカヒジキの株の中に、似たような草姿をしているが、葉の色が斑入り(ふいり)で、花の色も、淡い緑色ではなく鮮やかな青色の花を咲かせる株が幾つかあって、その斑入りの葉を海水で茹でた(ゆでた)薬湯を、何度か飲ませていると、治るのだ。
 また、当時から化野が愛用していた、蓬(よもぎ)と幾つかの薬草とを合わせて調合した蓬湯で、口を漱ぎ、湯浴みをすることだけでも、かなりの予防効果があるようだった。
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