蟲師捏造話 3

□縞尾(P4)
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縞尾 2

 あとは、毎日、水入れの水を―――はい、普通の井戸の水でけっこうですので、きれいな水に取り替えてやってあればよいのでございます。
 コレは、性質も大変大人しく、きれい好きでございますし、身づくろいや厠のしつけも済ませてございますから、一度、厠と決めた場所や物を教え込めさえしましたならば、大切なご本やお品を汚す心配はございません。
 ああ、『名人』は、この厠用の容器を使わせておりました。はい。これを、どこか、お部屋の隅にでも置いておきさえすれば、新たな厠の場所を教え込みませんでも、はい、この『縞尾』は、この厠用容器以外のところに糞尿を垂れ流す、などといった粗相は、一切(いっさい)いたしませんでしょう

 やかましく鳴き騒いで、ご近所から苦情が来る、というようなこともございませぬか、と思います。
 ああ、鳴き声は―――
「ひょこ、ひょこ」といった口笛のような鳴き方を、普通はしているそうですが、何かを警戒している時には「キィッ、キィッ」と甲高い声で鳴きますのだそうです。夜鳴きすることも、まあ、多少はありますそうで、そういう時には、小さな声で「ぴる、ぴる」とか「ぴるるる」とかいった声で鳴きますそうですが、夜鳴きをしていたからといって、何かをしてやりませんでも、別に問題はないそうです。
 ははは、今の鳴き真似ですか? いえ、私は、「キィッ、キィッ」という鳴き声しか、実際に聞いたことがございませんので、あとのは、『名人』の口真似の口真似でして。はあ、かなり似ているのじゃないか、と先生には思われますか? ああ、裏の里山で、そんなような鳴き声を聞いたことがおありでしたか。野生の縞栗鼠の声ですね。ありがとうございます。お褒めに預かりまして、光栄です。キィッ、キィッ、キィッ。失礼しました。
 は? 本当に、正真正銘の縞栗鼠ではないか、と?
 いえいえ、蟲ですよ。
 本物の縞栗鼠と『縞尾』の違い、ですか?
 そうですなあ・・・そうそう、『縞尾』は、『薄荷』の匂いをまったく嫌いませんので。
 蟲でない、生き物の方の縞栗鼠は、ふつう、『薄荷』の匂いや、苦〜い柑橘系の種を嫌うものなのだそうでございますな。
 しかし、『縞尾』は嫌いません。
 ですから、こちらのお庭では、その『薄荷』を沢山育てていらっしゃいますようですけれど、大丈夫ですとも。お庭の『薄荷』の匂いを嫌って、『縞尾』が家出して逃げて行ってしまったり、といったことにはなりませんから。
 まあ、お庭に遊びに出てしまうことはあるかも知れませんが。ですが、厠のしつけはすませてございますから、あとは場所さえしっかり覚えさせてやりましたなら、かならず、そこでしますから、お庭の薬草類に粗相をしたりもしませんでしょう。
 ほら、毛艶もいいでしょう。こいつはすこぶる健康だし、丈夫な蟲ですよ。とてもいい蟲です。
 ご覧のように、縞栗鼠の姿に擬態しています時には、妖質の乏しい方々にも見えます蟲です。
 蟲としての性質、でございますか?
 『縞尾』は、『以心伝心蟲』とか、ただ『伝心蟲』とも呼ばれている蟲でございまして―――
 おお、『稀夜文(まれよぶみ)』をご存知で? そう、そうですね。あのような働き方をする蟲です。
 ですが、あちらは『文蟲』の仲間ですわな。この『縞尾』は、『ナガレゴエ』の仲間―――心の内の想いが声になって流れ出るように、想う先へと流れていってしまう―――別名の通りの『伝心蟲』です。
 いえいえ、ご安心下さい。
 のべつ幕無し、飼い主様の心の声を垂れ流すような、そんな恐ろしい蟲ではございませんとも。医家の先生が、患者さん方の前でそのようなことになりましたなら、大変ですわな。そのような蟲でしたら、『ぜひ、化野先生に』だなどとお勧めに参る訳にはまいりません。
 は? 『伝心』した後、ですか?
 いえいえ、ちゃんと戻って参りますとも。
 『縞尾』を使った伝心方法ですか?
 えー・・・
 まずは、『縞尾』の額に自分の額をつけて、伝えたいお相手のお顔やお姿を思い浮かべます。はい。
 次に、そのまま―――『縞尾』と額を付き合わせたままで、そのお相手に仕えたい内容を、頭の中で喋るようにして思い描きます。
 すると、目の前の『縞尾』が、じきにフッと消えて、そのお相手の所へ、額を突き合わせに現れますのだそうで―――
 そうして、首尾よく、『縞尾』がそのお相手と額を突き合せられましたなら、伝えたいと念じた内容が、お伝えしたいお相手に伝わる、という方法です。
 はあ。こうご説明しますと、何やら『ウロ』さんより扱いが簡単そうに聞こえますでしょう。
 はい。こんな方法があるなら、何故に、『縞尾』を利用する通信手段の方が一般化しなかったのか、と思われますわなあ。はあはあ。ちょっと、閉所にしてしまってから開いたり、文を抜く手順を違えたりしましたら、蟲の移動の道行きに巻きこまれて、恐ろしい虚穴に引き込まれかねないような、怖あい『ウロ』さんよりも、『縞尾』の方が、よほど安全なのではないか、と。はい。
 しかし、『縞尾』は、最初にお話しましたように、まずは、捕獲されること自体が、滅多にない蟲なのでして。
 それに、『縞尾』を『伝心蟲」として利用するのは、やはり、難があるのでございますよ。はい。
 『縞尾』は、すばしこい蟲です。
 普段は、人を見ると、逃げます。
 ですから、『縞尾』を『伝心蟲』として利用しようとしますならば、『縞尾』より素早く動いて、『縞尾』を捕らえなければなりません。
 えッ、無理無理、そんなの絶対、無理?
 はっはっは。そうでございましょう?
 は? この『縞尾』も、一度(ひとたび)、この硝子壜の蓋をあけましたら、途端に逃げられてしまって、それっきり―――しかも、逃げた縞尾は、私の所へ逃げ戻って来るので、私は、それをまた回収して、別の誰かに売りつけに行くのじゃあないのか、と―――そんなの、詐欺だろう、金返せ!ってなことになるのじゃないのか、はっはっは、と?
 いやいや、お疑いになるのも致し方ありません。
 いえいえ。そんなことはしておりませんとも。どうぞ、ご信用下さいませ。
 そうはなりませんところが、この『縞尾』が『十年に一度の逸品』といわれる所以(ゆえん)―――この『縞尾』を育て上げました蟲飼育師が『名人』と呼ばれている所以でございますよ。
 私が今、取り出でましたるこの小袋、中身は木の実―――桜の実なのだそうでございます。食べて美味しいサクランボの方ではなく、見て嬉しい方の桜の実―――洟の美しい染井吉野の実の乾物なのだそうでございます。
 これが、『縞尾』も大好物なのです。
 この吉野桜の実を、ちょいと手のひらに乗せさえすれば、この『縞尾』は、この桜の実食べたさに、あなたの手のひらの上へとやって来ます。はい。吉野桜の実を食べている間ならば、この『縞尾』は逃げませんし、多少触れても嫌がりません。
 はい。ですから、かなり鈍くさいお方でも、この『縞尾』と額を突き合わせて伝心を送ることが出来るのです。
 という訳で、この『縞尾』一匹と、吉野桜の実・一袋を一組で―――まあ、これが最後の一匹ですから、ここに、もう一袋あります残りの桜の実もお付けしましょう―――で、このお値段!
 いかがですか、化野先生?
 この、大変に珍しい、生きている蟲―――『縞尾』を手に入れることが出来るのでございますよ!
 おお!
 ありがとうございます!
 お? 『縞尾の餌』と『縞尾の餌』用餌皿と『縞尾の厠』もご購入いただけるのですか? ありがとうございます。
 ああ、はあ、『縞尾のオヤツ』も―――はい、はい、ありがとうございます!
 はい。また、何か出物がございましたら、ぜひ、もう、また寄らせていただきますとも!
 ああ、そうそう。もうひとつ、ご説明し忘れていたことがございました。ぽろぽろと、何度も、ご説明の追加をいたしまして、すみません。年ですなあ、情けない。本当に、申し訳ありません。
 巣箱は、必ず設置してやって下さい。ああ、鳥の巣のようなもので、はい、けっこうでございますよ。
 地べたや床などには置かずに、高い所に設置してやった方が無難です。先ほどご説明しましたように、『縞尾』は大変すばしこい蟲ではありますが、やはり、寝込みを襲われれば、不覚を取る場合もございますゆえ。
 もし、噛まれたら―――
 『縞尾』に、ですか?
 ああ。『縞尾』が、ですか? はあはあ。
 命がなくなった時点で消えてしまいますので―――はい。消えてしまいます。蟲は、骸(むくろ)を残しませんから。
 傷が浅かったら―――
 そうですなあ。光酒(こうき)、を少しだけ与えてやるとよいでしょう。蟲の万能薬ですな。
 おお、蟲患いの治療にも、よく使われますなあ―――ギンコさんも、使っていましたか。ははは、何にでも使っておりますように思われますでしょう?
 しかし、そうですな―――その蟲の正常な状態に立ち還る(かえる)か―――それとも、すべての生命(いのち)の源である光酒―――光脈にまで還ってしまいますか、ということなのでしょうなあ。
 はい。ですから、この『縞尾』にも、与え過ぎますと、『縞尾』の方が生命そのものになるまで光酒に同化して、光脈に還ってしまいますので、お気をつけ下さいませ。はい、治療が必要になりました際にも、くれぐれも、与え過ぎませぬよう―――そうですね、蟲師に依頼して治療して貰うのが一番ですね。ああ、ギンコさんなら、この『縞尾』についても、詳しい知識をお持ちのことと思いますよ、はい。
 時に、化野先生は、ウロ繭(まゆ)をお持ちなのですか?
 お持ちではない―――が、ほう、ウロ守の綺(あや)さんに直接依頼して、お手紙を送っていらっしゃいますのか、はあはあ。
 しかし、それもまた―――受け取る時は、不都合なこともございましょう。化野先生の方からなさいました、お急ぎのご依頼やお問い合わせのお手紙へのお返事でしたなら兎も角、他の時には―――おお、飛脚の定期便を毎日通わせていらっしゃいますので、ほうお? それはそれは・・・それならば、いつ、ギンコさんの方からお医家の先生への、急ぎのご依頼の手紙が届きましても、すぐに―――ふむふむふむふむ。
 おお、『巣箱』もご購入なさいますか?
 この『縞尾の巣箱』でしたら、この『縞尾』がずっと我が家としてきたものですから、ここを新たな住まいとする為の『巣箱のしつけ』をし直さずともすみますが―――
 ありがとうございます。
 『縞尾の巣箱』を設置する場所ですか?
 そうですねえ、お宅でしたら、そちらの物置部屋―――おお、これは失礼しました―――書庫兼蔵部屋の、そこの戸棚の上など―――大丈夫でございますよ。『縞尾』は縞栗鼠ではなくて蟲ですから、素早く駆け回って、そちらのお部屋の中の何かにぶつかりましても―――いや、ぶつかりはしませんな。はい、蟲ですから、物をすり抜けるだけなので、何かを壊したりすることはないと思われます。
 ああ、ただ、素材によりましては、『縞尾』が食べてしまうかもしれませんので、お気をつけを。まあ、縞栗鼠が好んで食べますような素材の品ですな。瀬戸物や硝子製の何かの中へ仕舞っておかれる方が無難でしょうなあ、はい。
 いえいえ。この『縞尾の巣箱』を設置しておいていただけますなら、他に巣材を求めてご本や巻物を裂くようなことは、決して致しませんとも。はい。この『縞尾』は、『名人』が完・璧にしつけてございますから。
 ああ、毒になるような物は、そもそも、この『縞尾』は口にせぬようだそうでございますよ。はい。縞栗鼠とは違って、玉葱や浅葱(あさつき)といった、よくお台所に置いてございますような人の食べ物なども皆、食べても大丈夫なのだそうでございます。
 いえいえ、貴重な『縞尾』で実験だなどとは、めっそうもない―――縞尾の生息地では、時折、『縞尾』が食べられる作物の田畑が荒らされたり、お勝手の食材を食べ散らかされたりしておりましたそうでして。それで、『縞尾』が葱類も食べられることが分かりましたのでございますよ。
 勿論、この『縞尾』は、そんな悪さはいたしませんとも。
 『縞尾』を住まわせるお部屋が決まりましたら、『縞尾の巣箱』と『縞尾の餌皿』は、その同じお部屋の中に置いてやって下さい。そうしておきましたら、『縞尾』は―――おのれの食と住を満たしてくれる所を、おのれの『縄張り』とするのでございましょうなあ―――はい、巣箱と餌皿の双方が置かれて有りますお部屋に、必ず戻ってまいりますのだそうです。
 お? 『伝心』の内容は、『伝心』されましたお相手以外の方々にも聞こえますのか、と?
 ああ―――『稀夜文』のように、『伝心』を受けました時にそのお相手の方の傍にいた方々にも、その『声』が聞こえますのか、ということですな?
 聞こえませんそうです。はい。
 まあ、蟲のことですから、絶対、とは申せませんが―――蟲なんぞ、わかっていないことの方がお多ございますからな―――ですが、居間のところ、回りに居た方までが『伝心』された『声』を聞いた、という例はございませんそうです。はい。
 おお。これはこれは。
 今夜のお宿と、ご夕食までご馳走してくださいますのですか?
 ありがとうございます。そろそろ暗くなってまいりましたし、夜道の山道を行くのは難儀なことだと、心細く思っておりました。
 おお、ようございますとも。蟲の話でしたら、いくつかお話し出来ることがあると思いますよ。
 それでは、今宵は、ありがたくご厄介になります。本当に、ありがとうございます。
 
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