蟲師捏造話 3

□闇雲(P13)
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闇雲2

 まだ少年らしい細っこい体に、大人の男たちと同じ袖なしの、膝小僧まで隠れる丈の着物に、ザンバラ髪。ややタレ目がちで、目と目の間がひらき加減な顔立ちが、彼をおっとりとした、華奢で愛らしげな姿に見せていた。
 が、『ワタリの子』である彼は、機敏で頑丈だ。
 イサザのすぐ後ろを、もう一人、子供が歩いている。
 イサザより小さい子供だった。
 なのに、老人のように真っ白な白髪頭をしている。
 目を覆うほどに伸びた前髪の合い間から見える、右の目の色は碧(みどり)。が、異人の顔立ちではない。長い前髪に隠れた左目は、もはや眼球がなく、なのに、肉色の眼窩は見えずに深い闇のような色を湛えていた。
 が、何より不思議に思えたのは、その子供の肌の色だった。
 確かに、色素が少なそうな肌の色をしているが、いわゆる生っ白い、日に焼けてないような風には感じない。なのに―――髪の毛だけでなく、眉毛や、手足を覆う体毛も白い所為なのか―――妙に、色が抜け落ちたような肌の色をしているように、イサザには感じられるのだった。
 この子供の名は、ギンコ。
 この前の町で拾われて、このワタリの群れに加わった子供だ。
 年の頃は、十余り。
 けれど、覚えているのは、その『ギンコ』という名前と、少し前からのことだけで、それより前のことは全く覚えていない、ということだった。この当時、トコヤミについて知っている者は、このワタリの群れやその周辺には居らず、『恐らく、何か、記憶を喰うような類いの蟲に喰われてしまったんじゃろう』というような話に落ち着いたのだった。
 いや、ギンコという名前も、自分でつけたものだ、と言っていたっけか―――
 どこだか知れない真っ暗闇の中―――そのうち月が出たが、真っ白い偽物じみたその月が沈んでも、また昇ってくるのは月―――そんな闇の中で、名前を失くした、と。そんな時は―――
『闇の中で自分の名前を忘れているのに気づいたら、自分で自分に名前をつけろ』
 そう、誰かに教わっていた気がしたので、そうした、と。
 不意に山道の片側から日が射して、向かう山の方への視界が開けた。
 イサザのすぐ後ろについて歩いていたギンコの足音が、ふと途切れた。
(ん?)
 すぐに、また聞こえ始めたものの、歩幅が小さくなっているのか、少しずつ遠くなっていく。
 ずっと歩き通しで、疲れたか?
 今日は、谷霧が青味がかっている。
 こんな日は、山の気が静かで早く進む。
 なので、今のうちに…と、このワタリの群れは、朝から、あまり休憩をとらずに、ずっと歩き続けていた。
 イサザらワタリに拾われる前のギンコがどんな暮らしをしていたものかは知らないが、こんなに日がな一日歩き続けるようなことはなかったのかも知れない。
 いや、慣れていないのは、こういう、ワタリの衆が使っているような、獣道に近いような山道に、なのかな?
 振り返って、イサザは、後ろの子供を呼んだ。
「おい、ギンコ」
 呼ぶと、すぐに、子供は、急ぎ足で追いついて来た。
 疲れている風ではなかった。
 ただ、何となく、気になる、といった様子で、ふと、また顔を仰向けて、向かう里の山の中腹辺りをジッと見つめる。
「よそ見しながら歩いてると、危ねえぞ」
 そう言いながら、イサザも、その子供が見つめているところの、向かう里山の中腹を凝視してみた。
「何か、いた?」
 子供は、無言でイサザを見つめ返した。また、向こうの山を見やって、首を傾げる。
「―――居た、ような気がしたけど」
「へえ。どんな奴?」
 子供は、あやふやな感じで首を振った。
 たぶん、あの山の中腹にたなびく光酒混じりの霧の動きを奇異に感じているんだろう。光脈筋にある山々の、光酒をたっぷりと含んだ山霧は、自然現象でありながら、『生きて』いる。蟲が見えない者には、何の変哲もない、ただの白い霧にしか見えないが、『見える』者には、その日その時の山の『機嫌』によって、青みがかって見えたり、紫色だったり、特に良ければ、金色に輝いているように見える。
 ギンコもそれが見分けられるので、このワタリの群れに加わることが出来たのだった。
 イサザは言った。
「あの山な、昨夜、じいちゃんが言ってた山。『禁域があるから、迷い込まんように気をつけろ』って言ってた山の話があっただろ?」
 そう言いながら、イサザは、また前に向き直って、少し足早に歩き出した。本当に、置いて行かれはしないだろうが―――こんな山の中で、大人のワタリたちとはぐれたくはない。
 イサザがそうすると、ギンコも、同じく足早に、ぴったりと後ろについて来た。
 よしよし。上出来。
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