蟲師捏造話 3

□猫踊り(P2)
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猫踊り 2

 両の腕を伸ばして、化野は、猫を抱き上げた。己が首筋に猫の両前足を添わせて、胸元に猫を抱き上げると、ひしっと抱きしめる!の恰好で、化野は、ふんわりと優しく猫のギンコを抱きしめて、
「ギンコ、俺は、決して、決して、お前にいやな思いをさせて怒らせたりなんぞしないからなあっ!」
「あ?」
 と斜め前辺りから返事が返って、化野は、ぱっと顔を上げてそちらの方を見た。
 猫の名付け親の、白髪隻眼の蟲師が立っていた。
「何やってんだ」
 ギンコ・・・
 惑乱して―――化野は、急ぎ考えた。
(もう・・・済ませて来たのか? そりゃ、『急ぎの仕事』とは言っていたが、しかし、早すぎんか? こんなに―――早く済ませて来てくれるなんて、嬉しい―――本当に、蟲ピンでちょん、で済んでしまったとか?―――いやいや)
 あ。
 まさか―――
 呆けたように、化野は呟いた。
「本当に、来た・・・?」
「・・・そりゃあ、どういう意味かい」
 雑多な疑問符が、矢継ぎ早に、ギンコの眇められた碧の隻眼に映し出されるのが見えた、気がした。
 俺は、来る筈じゃなかったってのか?
 あー・・・いや。
 まさか、俺の姿をした『何か』を『呼んで』た、ってんじゃねぇだろうな? いったい、何を『呼んで』いたんだ?
 それとも―――
「いやいやいや!」
 化野は、急ぎ説明した。
「ほれ、お前が、先に置いて行ってくれた、この『季刊 蟲好み 夏の号』。コレにな、『呼ぶ』蟲の使役方法というのが載っていてな。それをやってみていたら、本当にお前が来たから――― 」
「あー、『招き蟲』か」
 と、さらりとギンコが言ったので、
(おおっ、これは!)
 と、化野は、期待と喜びに目を輝かせた。
「本当に効くのか、こいつは!」
 が、言って、また化野は考え直して、
「いや、しかし―――俺は、猫のギンコを唸らせられなかったのだから、『招き蟲』を使役出来た筈は・・・」
 人間のギンコは、ぼりぼりと項を掻くと、はあ、と溜め息をついた。
「昼間、ここへ来た時」
 と、ギンコは言った。
「俺は、すぐそこの里へ急ぎで呼ばれてるからって、その本だけ置いて、泊まらずに行ったんだよな?」
「お? おう」
「だったら、そんな蟲呪いなんぞせんでも、効いてなくても! 仕事が済んだら、俺は、とっととここへ戻ってくるだろう、って考えはねえのかよ?」
「いや、そりゃそう――― 」
 と首をすくめて、化野は、笑って抗弁しかけて―――
 ふと、先ほど思い出されていた鯨獲りの漁師の話っぷりが、目の前のギンコと重なった。
 『鯨ぁ獲れたら、後はもう、無事に帰り着くだけってなもんで、とっとと――― 』
 『仕事が済んだら、とっとと――― 』
 化野は言い止め、まじまじとギンコを見つめた。
 そうだ。
 『帰って来た』のだ、ギンコは。
 思わず、化野は呟いた。
「・・・蟲呪いが効いて、来たのではないのだな」
 ギンコは、やや憮然として、
「そうだ。悪かったな」
 蟲を使えたのではなかったので、化野ががっかりしている、と思ったようだった。
 思わず、口元に笑みがのぼった。化野は、
「いや、悪くない」
「あ?」
「悪くないぞ、ギンコ。うむ! 肝心の用が済んでいないのに、ただ、蟲呪いに呼ばれて戻って来てしまったのでは、また、すぐに、お前は行ってしまわなくてはならなかったのだものなあ。うむ。
 早かったな、お疲れさん。もう、今夜は出かけて行かなくても良いのだろう?」
 と化野が言うと、ギンコも、ニッと蟲煙草をくわえた口の端を上げて、
「おう。そのつもりだ」
 ぱあっ、と己の顔が輝いたのを、化野自身も感じた。
 化野は、今や、満面に笑みを浮かべて、ギンコに言った。
「おかえり、ギンコ」
 すると、今度は、ギンコの方が、まじまじと化野を見つめて、
「・・・おう、ただいま」
 その一瞬後。
 ふんわりと、化野は、ギンコの蟲煙草の匂いに包まれたのだった。 END

作品後記(猫と暮らせば2『猫踊り』)
 この話は、某HPにて拝見しました猫たちと踊る化野先生のイラストから生まれました話です。
 大人向けじゃないけど、短いので、「.5」で。
 「猫と暮らせば」は、あと2〜3本ネタがありますので、そのうち書けたら、「.5」じゃない「ギン化」にして、まとめて発行します。
 ちなみに、LASTの化野がギンコに抱きしめられるシーンで、間の猫はつぶれて
ません。人間のギンコは、ふんわり抱き締めていますゆえ。
 この話、気に入っていただけましたなら、感想など頂けると嬉しいです。


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