文箱
□beautiful
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「ねぇ、まじまぁ…。見て…」
どこかぼんやりした彼女の声に振り向くと、彼女は楽しそうに、くるくると廻っていた。
庭にはうっすらと雪が積もり、灰色の空からは真っ白な雪が降っている。
「きれい、ね。まじま…」
にっこりと、笑う。
いつの間に庭に出ていたのか。
裸足のまま、しかも桃色の、薄手の長襦袢しか羽織っていないのに、彼女は一向に気にする様子はなかった。
きっと、それすらも彼女にとっては些細なことなのだろう。
すでに彼女の身体は快楽にしか反応しない。
暑さも寒さも、彼女の心には届かない―――――。
「まじま…?どうしたの…?」
返事をしない俺を不思議に思ったのか、彼女は足を止めて顔を傾けて俺を見た。
「…いいえ。なんでもありませんよ、姫様」
あれから幾つか季節が廻っても、彼女は元には戻らなかった。
最初のころは、ひっきりなしに彼女を抱こうという男達が絶えなかった。
だが、飽きたのか、それとも日に日に狂っていく彼女を恐れたのか訪れる者は減り、それからしばらくして俺は彼女ごとこの邸を買った。
これ以上他の男に抱かれても、彼女の壊れた心は何も感じない。
ただ虚ろな表情で他の男に壊されるくらいなら、最後くらいは俺が壊すのもいいだろう。
いや、もしかしたら、もしかしたら…
『俺と二人なら、元に戻るかもしれない』
ほんの少し、そう思ったから。
「まじまぁ、きれい…。まじま、きれい、ね……?」
何も分からない彼女は、ただ笑う
。
きっと、俺のことすらも彼女は覚えていないだろう。
俺が抱き締め、俺を好きだと言った彼女はもういない。
誇り高く、真っ直ぐで強い瞳をしていた彼女はどこかへ行ってしまった。
その代わりに純真な、無垢で誰も映さない瞳の彼女が俺の前にいる。
ゆっくりと彼女を抱き締めて、感情を殺した声で伝える。
「……貴女のほうが綺麗ですよ、姫様」
俺の言葉は、もう彼女の心に届かない。
(終)