砂嵐
□扉
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「ライル先生。私、先生のことが好きです」
それは突然過ぎる告白だった。
この国に戻って早二年。
最初は絶対に長続きしないと思っていた王家の姫の家庭教師という職業も、割と板についてきたと思う。
今でこそ温和な関係だが、目の前に椅子に座っている少女の第一印象は最悪そのものだった。
恐らく彼女もそうだっただろう。
なのに何故、この状況は一体どういうことだ。
「聞いてます?先生」
首を傾げて彼女は私を見た。
「あ、え…ええ、聞いてますよ」
らしくない。
少なからず動揺していた自分に内心驚きながら、いつものように『困らせる生徒を諭す教師』を演じた。
「冗談も程々になさい。仮にも一国のプリンセスたるあなたが、そんなことを軽々しくおっしゃってはいけませんよ」
彼女と過ごしたこの二年。
冗談で言うような娘では無いと分かってはいる。
分かっている、が。
彼女の気持ちを受け入れるほど、私は勇気のある大人では無かった。
いつものように冷静な振りをして、教科書を開く。
「さぁ、さっさと授業に入りますよ。今日は昨日の続きから。まずは82ページを開いて…」
すると何かが飛んできて、視界が暗くなった。
咄嗟に手で受けると、それは彼女が使っている教科書。
どうやら彼女が投げつけたらしい。
「…感心しませんね、お嬢様。教科書は投げるものではありません。文字を読み、内容を理解して自分の知識にするものです。確か昔も同じことを言ったはずですが」
呆れた目で見遣ると、彼女は俯いている。
…表情は伺えないが、もしかして泣いているのだろうか。
私は彼女に近付いた。
「……お嬢様。私はあなたの教師です。そしてあなたは私の生徒だ。それ以上でも、それ以下でもありません」
「…………」
「お願いですから、私を困らせないでください。……分かりますね?」
「…………」
私の問い掛けに彼女は顔を上げるどころか、返事もしない。
―――参ったな、これは…。
私にどうしろと言うんだ。
一度こうなると、なかなか頑固な彼女のことだ。簡単には納得しないだろう。
私は更に続けた。
「私に出来るのは、あなたが立派なプリンセスになる為のお手伝いだけです。質問があればいくらでも答えますし、望むのであれば、私の持つ全ての知識をあなたに授けます。だけど、先程の言葉に応えることは出来ません。…それだけは、してはならない」
そこまで言うと、突然、彼女は勢い良く顔を上げて、予想に反してやけに明るい声で私に言った。