献上物
□temperature
1ページ/2ページ
「あきら〜、おっはよ〜!」
屋上で寝転んでいた昶に、賢吾は扉を開けその姿を発見するなり飛びつくように抱きついた。
先ほど屋上に上がってきたばかりでウトウトしかけていた昶は、この行動に心底驚き、一気に現実に引き戻されてしまう。
ちなみに今は3限目が始まったあたりで、教室に賢吾の姿が見えなかったことと先ほどの台詞から、いま登校してきたところだということがわかる。
昶と違って朝からきちんと登校してくることの多い賢吾にしては珍しいことだ。
しかし、偶にはそういうこともあるだろうと昶は大して気にも留めず、それよりも自分の眠りを妨げられたことに怒りを覚え、いまだくっついて胸にすり寄ってくる賢吾を乱暴に引き剥がした。
「離れろ、うぜぇ!てめぇ、おれの眠りを妨げるとはいい度胸じゃねぇか。」
「え〜、いいじゃんそれくらい。俺たち恋人同士なんだし、ちょっとぐらいイチャイチャしたっていいだろ〜。」
そう言ってまたもや昶に抱きつく賢吾。
どうも異様にテンションが高く、賢吾の体もいつもより熱い気がする。
さすがに様子がおかしいと思った昶は、そっと賢吾の額に手をあてがった。
「…!お前、すごい熱じゃねぇか!こんなんで学校来たのかよ!?」
「え〜、ねつ〜?何のこと〜?」
ヘラヘラ笑うばかりの賢吾に昶は深い溜息を吐くと、賢吾の腕を自身の肩に回し、その身体を支えるようにして立ち上がった。
「ったく、しょうがねぇな。ほら、保健室行くぞ。」
昶はなかば賢吾を引きずるようにして保健室へ向かった。
*****
「お前は自分が風邪ひいてることにも気付けねぇのかよ。」
賢吾を保健室のベッドに寝かせながら、昶は呆れたようにそう言った。
ちなみに保険医はちょうど席を外しているようで、この部屋には2人以外誰もいない。
「ほら、とりあえず熱計れ。」
熱が上がったのか、先程までのテンションが嘘のように昶が差し出す体温計を怠そうに受け取る賢吾。
その様子を見ながら、あまりに熱が高いようなら帰らせた方が良いかと考えた昶は、賢吾の家族に連絡するべく賢吾の携帯を手に取った。
すると丁度そのとき賢吾の携帯にメールが届く。
「おい、賢吾。メールが来てるぞ。」
「ん〜、昶代わりに見て…。」
そう言われメール画面を開くと、それは賢吾の姉、麻結からのメールだった。
賢吾の携帯を手にしたまま動かなくなった昶を不思議に思い、賢吾が声をかけようとすると、その前に顔を上げた昶は少し不機嫌そうな顔で賢吾を見た。
「お前、わかってて来たな。」
初め、昶が何のことを言っているのかわからずキョトンとしていた賢吾だが、投げ渡された携帯のメール画面を見て、昶がなぜ怒っているのか悟ると極まり悪そうな顔をした。
『あんた、ちゃんと寝てるでしょうね。今日はお母さんも早めに帰るって言ってたから、それまで大人しくしてるのよ。ご飯食べたあと薬飲むのも忘れないでね。』
メールの内容は風邪で寝込んでいるだろう弟を心配するもので、つまりは当然、賢吾自身も自分が高熱だとわかっていたはずである。
そんな状態でなぜ無理してまで学校に来たのかと昶は怒っているのだ。
「だって昶に会いたかったんだもん。昶、お見舞いとか来てくれなさそうだし…。」
最初は確かに大人しく寝ていようと思っていた。
しかし一人で寝ているうちに段々と寂しくなって無性に昶に会いたくなり、体もなんとか動きそうだったため学校に来てしまったのだという。
申し訳なさそうに、でも少し恥ずかしそうに言い訳する賢吾に、昶はベッドの淵に腰かけ、これから自分の言う台詞の恥ずかしさから頬を赤らめてそっぽを向きながらも賢吾の頭を優しげに撫でる。
「お見舞いくらい、言えば来てやるよ。…俺だってお前に会いたいんだから。」
「昶…。」
そんなに自分を求められて悪い気がするはずもなく、熱の所為かいつも以上に素直な賢吾につられるように昶も素直に自分の想いを口にした。
そのいつもの態度からは考えられないような昶からの甘い台詞と、頭を撫でられる気持ちよさに賢吾は至極幸せそうに微笑んだ。
そんな賢吾を可愛く感じ、誘われるように顔を寄せるが、昶の次の行動を察した賢吾はわずかに身を引く。
そのキスを拒否するかのような賢吾の行動に昶は思わずムッとした。
「そんなことしたら昶に風邪がうつっちゃうよ。」
「うつせばいいだろ。それでさっさと風邪治せ。他人にうつせば治りも早いって言うし。」
たいした問題ではないと言いたげにそう返す昶に、でも…、と賢吾は言葉を濁す。
いまだ納得しない賢吾に昶は溜息を吐くと、今度は逃げられないよう両腕で賢吾の退路を断ち覆い被さる。
「俺にうつしてお前の風邪が治るんなら、それで良いって言ってんだよ。そんなことより…。」
──あんまり心配させんじゃねぇよ…。
そう囁く昶に対する賢吾の返事は、そのまま昶の唇に吸い込まれる。
代わりにと今度は賢吾も抵抗せず、2人は深く口付け合った。
後日、案の定昶が風邪で寝込むことになるのはまた別のお話…。
fin