文倉庫

□落としていた思い出
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「いってきまーす」

「お兄ちゃん、どこいくの?」

「ランニング」

「そー、えらいわねー。じゃ、いってらっしゃい。気をつけてね」

「…いってきます」


中学を卒業した春。
卒業式の次の日から毎日、走ることにした。
1ヶ月ほど先に始まる高校での部活に備えて……っていうわけじゃなかった。
第一、その頃にはまだ野球部に入るかどうか考えてもいなかった。
ただ、入試から解放されて、体が疼いていたんだ。
なんでもいいから、体を動かしていたかった。

初日は体力も落ちてるだろうから無理して長く走らない方がいいと思って、俺が通っていた小学校を折り返し地点にした。
小学校の方向には特に用事があるような場所もないし、中学校は小学校と方向が違う。
その道は、実に3年ぶりに通る道だった。
見覚えのある、懐かしい風景が流れていく。

近所の奴らと別れて、独りぼっちになる曲がり角。
買いたくても、金がないモンだから毎日素通りしてた自販機。
ボランティアのおばさんが毎朝立ってた横断歩道。
何だか怖くて、いつも見ないように早足で通り過ぎていた蔦のはったお化け屋敷のような空き家。

通り過ぎるたびに、そこでの思い出を次々と思い出していった。
いつの間に忘れていたんだろうか。
それでも一度思い出せば、そのときの景色が鮮明に浮かんでくる。
そして同時に、あのときより大分上の目線から見た景色を、酷く鮮明に感じた。

(それだけでかくなった、ってことだよな)

少し先に、ブロック塀の曲がり角が見えた。
そうだ、この先には側溝があって───

「……ッ」

その曲がり角を曲がって、そこで足が止まってしまった。

(………そうだ)

あの日も、こんな日だったんだ。



◇◆◇◆◇◆



小学校二年生になったばかりの五月。
まだ、野球チームに入っていなかった頃。
今日みたいに雲が少なくて、日差しが強い日だった。




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